週末は大阪に行っていた。
日曜日に大学のゼミの総会があり、それに参加するためだった。
卒業してから23年が経つ。
ついでに、維新派の大阪公演を見に行く。
土曜日の大阪城公園は満月だった。
日が暮れても夜空が満月の光で照らし出され
雲のディテイルを良く見ることができた。
JR環状線「大阪城公園駅」を降りるとすぐに
公園の広場があり、大阪城ホールへつ続いている。
大きな道には「たこやき」を初めとした屋台が建っており、
大阪のストリートミュージシャンたちは、路上ライブの準備をしていた。
各々のストリートミュージシャンたちには特定のファンがついているらしく、
彼らの前に座り込んでいる女の子たちが大勢いた。
しかし、若者ばかりである。
僕のような中年のおじさんの姿をほとんど見かけない。
30代から40代、50代の人たちはいったいどこにいるのだろうか?
大阪城ホールに沿ってグルリと回っていくと、西倉庫に行き着く。
お城の石垣を模した倉庫なのでまるで
大阪城の天守閣の石垣の中に入っていくような気持ちになる。
倉庫内は整然と建てこみがなされ、
きちんと統制された美意識で貫かれている。
野外公演とはまた趣が違っていたのが面白かった。
維新派の公演を初めて観たのが、大阪南港で行われた「流星」だった。
2000年のことである。それ以降は奈良にも、岡山にも、
何故か新国立劇場での公演でさえ行くことができないでいた。
7年ぶりの観劇になる。
松本雄吉は大阪をベースにして、延々と公演を続けている。
彼の、大阪へのこだわりはいったいどこにあるのだろうか?
唯一、役者たちが台詞とも単語ともつかない「言葉」を発するのだが、
その言い方のニュアンスが関西訛りである。
まるで上方の歌舞伎や浄瑠璃を見ているような。
本作は副題に、<彼>と旅をする20世紀三部作#1、とある。
これから#2、#3と続くのだろうか?楽しみである。
20世紀に入ってすぐの日系人のブラジル移民をベースにした舞台。
日本人たちがブラジルに新天地と夢を求めて移動していった。
そこから始まったブラジルでの出来事のあれこれが断片的に語られていく。
まるでファンタジー小説を読んでいるように。
移民するまえの日本から、船でサンパウロへ、移民局を経て、
ブラジルの農場へ、「ノイチ」と「アン」の物語として語られる。
この二人の男女の半世紀でもある。
サトウキビ畑、新聞社、などなど驚くような美術が作りこまれている。
ここの劇団の素晴らしいところは身体を初めとして
完全なアナログで表現しようということである。
舞台セットも衣裳も、
その圧倒的な美意識は見るものを陶酔させる。
その場に居合わせることの幸福感が
そこから立ち昇ってくるのである。
今回の舞台で唯一気になることといえば、映像の使用についてである。
正直、映像が効果的に使用されていたとは言いがたかった。
スクリーンの暗さによって逆効果になっていたとさえ思った。
維新派はアナログであって良く、制御されていいものはアナログ素材である
生のライトであり、
役者たちの動きや発声であり、美術セットであり、衣裳である。
そのことの素晴らしさを、相殺してしまうような映像の使い方であった。
残念。