大雨の降る中、最終日に出かけて行った。
アトリエ春風舎は小竹向原の駅から歩いて数分のところにあるが、
出口を間違うと、大変なことになる。
いつもトンネル方向の出口に行き着くまでに
数分の時間を要してしまうのである。
この日も出口を間違ってしまい。
トンネル側のところにいくまでにびしょ濡れになってしまう。
この公演を見に行ったのは、ディレクターのYさんからの
強力な推薦があったから。
Yさんは精力的に舞台を見ていて、
面白かった舞台を見るとメールをくれる。
CMの監督をしながら年に1回の舞台公演をコンスタントに行っている。
まったく予備知識がなく、田上パルとは何ぞやと思いながら劇場に向かった。
唯一の情報は、「シアターガイド」の記事のみ。
熊本弁の男子たちが出てきいろいろなことをやる
劇団であるということだけはわかった。
今回は、熊本の高校のハンドボール部員たちが
夏合宿で東京に出てきており
そこで東京の高校のハンドボール部員たちとの交流が・・・
という話。
何が、面白いかというと。この高校生の描き方である。
ああ、こんな感じだったなあ!
そうそう、体育会系の感覚ってこんなだったなあと
共感できるところが随所に登場する。
役者たちは決してうまいわけでも
魅力的なわけでもないのだが、
彼らが集団になって思いっきり身体を投げ出した
取っ組み合いなどをすると、シーンが際立ってくるのである。
一生懸命何かをやっている姿がそこにあるから、
それだけで感動を覚えるのだろうか?
熊本の部員たちが練習試合に負けた夜。
コーチから夜練をするという話になる。
懲罰である。
ここでは、体罰は当然で、しごきも当然のごとくある。
その中で高校生部員たちは葛藤する。
行きたくないけど、行かないとどんなことになるかわからない。
その極限状況の中で人間関係は裸になり、
魂と魂がぶつかり合う。
そこから素のドラマが生まれてくる。
この舞台の見所はここのシーンじゃあないでしょうか?
そして「しごき」に一人向かうもの、
そこから逃げようとするものなどの
個々のドラマが浮かび上がる。
いまの体育会系クラブも、しごきや体罰は当然なのだろうか?
20数年前、そんなことを、当然だと思い、
水も飲まず、うさぎ跳びをしていた僕の高校時代とはいったい、
何だったのだろうか?
青年団からの客演、佐藤誠が舞台を引き締めている。
そして、特筆すべきは、追試の生徒役。
この人はいったい?