昨日の朝日新聞、土曜版の「Be」にこの舞台のプロデューサーであり、
シスカンパニーの代表である北村明子さんが登場していた。
北村さんは受付でかいがいしく働いていた。
彼女の言葉によると、以前、野田MAPに出演していた宮沢りえを見て、
彼女はノラであると確信したそうである。
そう「人形の家」の主人公のノラである。
そうして北村さんは自身の想いをこの舞台で結実させた。
宮沢りえは期待に応えた。
演出はデビッド・ルボーである。
TPTの芸術監督を務めた彼は、現在TPTを離れて世界各地で活動している。
今回のプロダクションのために彼は日本に滞在し稽古をつけた。
デビッドはイプセンの戯曲を大きく翻案することなく素直に提示した。
それだけに俳優の力量が問われてくる公演となる。
デビッドは今回のキャストと稽古をしていて、
戯曲を丁寧に演出するだけで十分であるという判断を下したのだろう。
イプセンの戯曲の持つ本質は現代的である。
一枚の皮をめくるとその本質が見えてくる。
それが見えるか見えないかでこの舞台の評価は大きく分かれるだろう。
ドラマチックなことがおきているのにもかかわらず舞台は静かに進行していく。
ただ、言葉の中から見えてくる葛藤や反モラル的なものを感じて
見ている方はドキドキする。
本作は三部に分かれている。
ノラの自宅。
銀行の頭取になった夫(堤真一)と子供たち、
そしてお手伝いさん(明星真由美)乳母(松浦佐知子)がいる優雅な生活。
続いて、山崎一演じるクロクスタが訪ねてくる。
彼に借金をしていたノラはある依頼をされる。
先生と呼ばれる千葉哲也は毎晩のようにここを訪れ、
ノラの幼馴染である、リンデ夫人(神野三鈴)が仕事を頼みにやってくる。
彼らの想いがそれぞれ交錯しながら物語は進行していく。
宮沢りえの衣裳が素敵である。
伊藤佐智子の手になるものである。
幕毎に衣裳が変わる。
第三幕で、ついにノラの夫に対する決別宣言へと至る。
このラストの20分間は圧巻である。
ミニマルなセット。
舞台には椅子がニ脚。上手に宮沢りえが下手に堤真一が座る。
二人は対峙して語り合う。
対話の始まりは二人の関係の終焉の始まりでもあった。
その潔さはイプセンらしいなと感じる。
そこからぐだぐだになりながらやり直すということを描かない。
そのシャープさがイプセンの魅力でもあるのだろう。
宮沢りえは膨大な台詞量を語りきる。
何の澱みもなく。
彼女の人生がノラの生き方にリンクしていく。
見ている方はある意味、痛々しく感じるかもしれない。
しかし、彼女は乗り越えていける。
家を出て行くノラは20代前半の頃の宮沢りえのようである。
その後、彼女は大きく成長した。
「すったもんだがありました。」
という言葉に代表されることが彼女の人生に起こったことを
決して無駄なこととせず、彼女自身が自らのチカラで
乗り越えて飛翔したのである。
宮沢りえはノラ以上に奮闘努力し、
その結実した果実を本日改めて見る事が出来た。
愛おしさがつのる。
この気持ちは、
ノラが千葉哲也演じる先生に帽子をかぶせてあげるシーンに通じていく。
何気ないシーンの中に人間に対する慈愛が溢れているシーン。
葉巻を吸いながらドクター・ランクは死へと向かって行くのである。
また、ノラの発言から、
夫婦は、全てをさらけだし本当に向き合ってこそ
本当の夫婦になれるのだということが語られる。
最後のシーンで階段を昇る途中でノラが言う。
そう、人生を分かち合えるようになるでしょう。と。
それこそが夫婦というつながりに必要なものであるという
メッセージを残してノラは光の中に包まれていく。
宮沢りえはどんどんと進化している。
大人グリコのワカメちゃんもひっくるめて、
その全てが一級の宮沢りえなのである。