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先月、ドキュメンタリー・ドリーム・ショーと題された特集上映が このアテネフランセ文化センターとポレポレ東中野で行われた。 山形in東京2008と副題にあるそれは、 まさに「山形国際ドキュメンタリー映画祭」の関連イベントである。 山形国際ドキュメンタリー映画際は2年に一回。 今年はその間の年にあたるので、 こうしたイベントをしてくれるのは本当にありがたい。 昨年、珍しく風邪をひいてしまい ドキュメンタリー映画祭に行けなかったので尚更嬉しい催しである。 今回はいつもより大掛かりで特集上映のパンフレット? いや大作のチラシも気合が入っていて嬉しい。 王兵(ウォン・ビン)監督作品が上映されるというので 何とかかんとか時間をやりくりして見に行く。 これは、昨年山形で大賞をとった作品。 このドキュメンタリー作家は本当に凄い作家である。 DVカメラを駆使してここまで美しい映像と迫力のあるものが撮影できるんだと思う。 毎回のように山形に出品しておりいつもレベルが高い。 2003年に見た9時間のドキュメンタリー「鉄西区」にはぶっとんだ! 王兵の映画を見るのは覚悟がいる。 ただ楽しもうと思って映画を見に来ると、大きな間違いだったことに気付かせられる。 これはある種、修練にも似たもの。 映像に向き合って理解しながら考える。 「知的労働」がこの映画を見ることと同義であるとも言える。 それだけに見終わった後の達成感があり、 また、そこで起きている様々な事象について考え続けるきっかけになるのである。 鳳鳴さんは第二次大戦後すぐに大学に合格したのだが 涙を飲んでそれをあきらめ ある新聞社(出版社)に入社する。夫とともに。 1950年代に右派粛清の流れが起きる。 右派の考え方を持った人々が次々と挙げられ、 地方の農村などにいって強制労働に近いことをさせられる。 鳳鳴とその夫もそれを経験する。 夫婦であってもまったく別の場所で働かされる。 それを中国政府は粛清という名の下で行う。 あ、これは今年見た映画「実録・連合赤軍」と同じじゃないか!と思った。 「総括」という名の下に行われるものは 「粛清」という名のもとに行われる人民弾圧と何ら変わりはしない。 鳳鳴は、彼女の記憶を延々と撮影し続ける。 DVだから出来る長回しが効果を発揮している。カメラは固定。 本当にワンカットで彼女が語り続けるだけのドキュメンタリー映画。 しかし、彼女の澱みなく話すその姿は、 いくらみていても見飽きないものである。 まるで講談を見ているような気分になる。 鳳鳴とその夫は別々に暮らしており、 その「粛清」の中で夫は命を落とす。 鳳鳴は夫の働いているところを訪ねて行くと そこで夫が死んだことを初めて知らされる。 悲痛な運命のもとで鳳鳴は生き続ける。 「粛清」は大きな波のように落ち着いたかと思ったら、 50年代の「粛清」の後は、文化大革命である。 1970年代に再び起こったそれで、 鳳鳴は「下方」と言うのだろうか? 地方の田舎の村で強制労働をさせられる。 文化大革命によって強制労働させられた知識人は いったいどれくらいの数になっただろう? そして中国国家の損失はいったいどれくらいのものだったろう? 政治の流れの中で翻弄される人民の悲哀を感じる。 紅青女史などが標的に挙げられるのだろうが 実はこういった個人ではなく、 ある大きな流れが組織全体を動かしていたのかも知れないなと思った。 実体のない中で行われた文化大革命は 大きな国家組織の不気味さをさらに強調する結果となる。 本当に恐ろしいのはこういったことなんじゃないだろうか? 寝たきりの母親を置いて、また鳳鳴は別の場所へ強制的に行かされる事となる。 1990年代になって、中国政府はこの「粛清」の見直しを始める。 すると、55万の人間が「粛清」されていたにもかかわらず、 実際に「粛清」されるべきだった人は96人であったとの結果が出る。 54万9千904人がそうでなかったというよりも 96人を「粛清」に値する人間であったとしたことの罪深さを、鳳鳴は語るのである。 中国政府が過去にやったことは やりすぎではあったかもしれないが 間違いではなかったということの証明としての96人である。 魔女裁判の魔女であり、スケープゴートである96人の思いは いかばかりであったのだろうか? そうやって生きてきたことを後世に残すために 「鳳鳴」はこのことを記録し残し、多くの経験者に話を聞き、 こういやって映画にも出演する。 彼女の生きてきた証を残し、 そこから生まれてくる体制に対する静かな意地を感じた。
by haruharuyama
| 2008-11-12 07:51
| ドキュメンタリー
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