劇作家であり演出家である平田オリザと、
元外交官でフィンランド教材作家をされている北川達夫さんが、
平田のホームグラウンドである劇場、
「こまばアゴラ劇場」にて対談を行った。
本書はその対談の記録である。
フィンランド教材作家・教育アドバイザーという
肩書きは北川さんだけのものだろう。
外交官という職を投げ打って、そのような道へ何故行かれたのか?
これからの教育の重要性を強く認識されているからなのだろうか?
平田オリザも同様である。
平田は演劇を通じて表現教育というものに向き合っている。
平田は、2006年に桜美林大学から
大阪大学コミュニケーションデザインセンターの教授に就任。
大阪大学がこのような部署を設立した意味を考える。
OECDが世界の中学生を対象にPISAの調査をして
その結果がときどき新聞に掲載されている。
そのとき新聞には日本の世界での学力は?
ということを語ることだけにとどめられる。
本書を読んでいるとその新聞報道は
一部事実ではあるが多くの認識を提示せずに終わっているような気がしてならない。
学力を測る指針がPISAのスタンダードと
日本のスタンダードと全然違うということが良くわかった。
特に読解力の問題についてそのことが判明した。
読み解き能力を「考えて」そして「表現する」という教育に対して
日本は未熟であるということが本書を読むとわかる。
従って、PISAの読解力の試験の順位が、
毎年下がってきているということも仕方のないことであるらしい。
逆にこのPISAの試験で毎年、上位に挙げられるのがフィンランドである。
北川さんの話から
フィンランドは、この「考えること」「表現すること」を国策として
教育の中心に据えているということがわかる。
また、本書は同時にコミュニケーションの大切さについても言及されている。
分野が微妙に違う二人がそのことについて話されるので
いろいろな見え方からお話が聞けるので面白かった。
北川さんは外国の文化を持った人とのコミュニケーションについて語る。
平田さんは演劇を通じて他者をどう意識し、
他者に対して発言するということがどのような意味を持つのかということについて語る。
例えば平田さんは、コミュニケーションを取るということにはリスクがつきまとう。
という発言をされる。
このことを、キチンと言葉で表現した人がいただろうか?と思う。
また北川さんは外交ということを通じて得られたものを
他者とのコミュニケーションに活かすことを語ってくれる。
外交とは社交である。日本人はその社交が苦手である。
しかしグローバル社会になり、移民がますます増えてくると予想されるわが国において、
社交というコミュニケーションは必然のものになってくる。
それは相手の土俵に乗るのではなく、確実に自国に片足をのせて、
もう片足を外交・社交のステージにのせて
妥協点を探っていくことであるとおっしゃるのである。
ふーむ。
そして、その妥協ということばは前向きな言葉であり
建設的な行為であるということがお話の中から伝わってくる。
このお二人の語ってらっしゃることが
「対話をする」ということなのだろう。
もともと平田オリザは会話と対話の違いについて述べており、
「対話」の重要性を再三語っていた。
今回は外交とかグローバル化という視点から
コミュニケーションを考えるという意味のある対談が実現した。
本書は各テーマがリンク参照できるような造りになっている。
あるテーマを語っている別のページなどが記されていて面白い。
また適切な注釈が対談した文章の上にきちんと掲載されているのも親切である。
さすが、教科書や辞書を長年作ってきた三省堂の仕事だと感心する。
編集を担当された石戸谷さんは、実際国語の教科書を作っていらしたそうである。