山内ケンジが舞台の作・演出をやり始めてこれで6作目となる。
将棋の羽生善治がプロフェッショナルであることについて
語っていらしたことを思い出す。
それは一つのことを長くやり続けるということ。
山内ケンジの舞台は、既に7作目の公演予定も決まっている。
これからも、長く長く続く事を願う。
今年は、看板女優だった深浦加奈子さんが48歳という若さでなくなった。
その大きな喪失感の中で山内ケンジは再生を願いつつこの舞台を書いたのか?
折り込みのリーフレットに山内さんはこう書いている。
「深浦さんが出るわよ、と言ってくれているのでやっているわけで、
次回も、出るわよ、と言ってくれれば次回もあるでしょう」と。
なので、もう演劇をやる理由がなくなってしまった。
だけれども、やったわけです。
とにかくわたしは途方に暮れ、今でも暮れているのですが、
やれたのは、今回集まってくれた俳優のみなさんのおかげです。
8人の俳優が決して大きくはない、いやむしろ「小さい」
theatre iwatoのステージで今回の不思議な奇妙にねじれた舞台を演じる。
舞台の壁にタロットカードのポスター?が何枚か貼ってある。
タロットカードのモチーフがときおり舞台でのエピソードとして出てくる。
例えば、「吊るされた男」というカードが実際にあり、
その男は足を吊るされながら静かに微笑んでいるのだ。
ということを一緒に見たKさんから伺った。
タロットカードを調べて見ると、
他にも「魔術師」や「愚者」などのカードもあり、
その言葉が舞台で時々使われていた。
タロットカードの深い意味はわからないが
そのカードに描かれたかのような
奇妙な世界と現実とが交錯し並行して進んでいく。
まるで、村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」のように。
決してわかりやすい舞台ではない。
しかし、そこからにじみ出る奇妙な魅力が、深浦さん亡き後の、
山内ケンジの演劇の新しい魅力のひとつになっていく予感がする。
ある種、ファンタジーの世界。
その場所と現実を結ぶものが「新しい歌」という哀しい調べの歌である。
「♪新しい歌をうたおう 闇の中で 声を出さずに♪」
このフレーズから始まる奇妙な歌が、ラビリンスに入り込んだような舞台の世界観となる。
オープニングでこの歌が始まり、闇の中から独自の世界へと向かっていく。
観客はそれを一緒に体験する。
そしてエンディングで石橋けいが、同じ歌をうたう。
ココロが震える。
細かい、台詞のやりとりや、間合いの取り方に
山内さんらしい持ち味が出ており、
そこを楽しむことも出来る舞台でもあった。
個人的に感じたのは、舞台を見て、何故か
アキ・カウリスマキの映画を思い出したこと。
ここには、飄逸さと哀しみが同居しているのである。
10月27日(木)まで上演中。1時間35分。
終演後、「深浦加奈子さんのお別れの会」で流れた追悼のための舞台映像が上映された。
舞台のあと、席を立った観客は一人もいなく、上映が始まった。
10分くらいの上映の後、
静かではあるが温かな拍手が場内を包んだ。