平田オリザの戯曲に「東京ノート」という作品がある。
ある美術館のロビーが舞台になっている名作である。
この物語の中に、フェルメールの絵画を見たという話が出てくる。
また、映画「真珠の耳飾りの少女」という映画はまさに、
そのフェルメールのその題名の絵を描くプロセスを描いた映画。
映画ではフェルメールは後姿しか登場しない。
少女を演じたのは、スカーレット・ヨハンソンだった。
それくらい、創作者のココロを揺さぶるものが
フェルメールの絵にはあるのだろう。
上野の東京美術館で4ヶ月近くにわたって展示されている
この展覧会は大人気である。
観客は70万人を突破する勢い。
東京の美術展はいつも人が多すぎるのが難点。
ただ、これだけ人が入っても採算がとれているのかどうなのか?
物販などで何とかしのいでいるのだろうか?
美術展のビジネスの舞台裏を知りたいと思った。
今回も大きなスポンサーがついていることによって
実現したというようなことが書かれてあった。
展覧会はフェルメールの絵画と、
フェルメールが暮らしたデルフトという
小さな都市を中心とした場所で描かれた絵画が中心となって構成されている。
オランダのハーグの近くにデルフトという都市があるそうである。
フェルメールはそこに移り住み、妻や子供たちと暮らすのだが
借金を抱えながら創作活動をしていたらしく、
彼の人生はいったいどのようなものだったのだろうか?と想像される。
それでも絵画を描くという創作活動を一生続けていった43歳の人生であった。
彼の作品は世界中にわずか三十数点しかなく、
展示してある場所も世界中に散らばっているので、
フェルメールの絵画を見るために世界中を旅するというような
本が出版されているくらいでる。
何故、そこまで?と思ったのだが、
フェルメールの絵を見て、おおいに納得した。
今回、展示されているのはその中の7点。
その場所の時を止めて空気ごとキャンバスに定着させている。
その切り取られた空間は褪せることなく
400年以上もキャンバスの中で息づいている。
そんな印象をもった。
そういった作品が目の前にあり、
じーっと見ていると400年前のその路地や部屋の中に
入り込んだ気分になるのである。
静かな静かな世界がそこにある。
圧倒的なチカラが空間を閉じ込め、
それがキャンバスの前面に向かって開かれている。
ああ、これがフェルメールの凄さか!と思い知った。
これは生で彼の絵を見る価値があるなと思う。
その体験をするためには是非、
上野へ行って実物を見て欲しいと思う。
ゴッホのひまわりの実物を見た時のような
体験をする事が出来た。
ただゴッホと比べて、フェルメールの絵には
「静謐なものへの静かな感動」といったらいいのだろうか?
そんな言葉が浮かんでくる。
「静謐」という言葉は正にフェルメールの絵のためにあるような言葉だなと思った。
特に「小路」、「リュートを調弦する女」、「ワイングラスを持つ娘」、
「手紙を書く夫人と召使」、「ヴァージナルの前に座る若い女」などが好きだった。
展示の最後に、フェルメールの生涯で描いた全作品を
実物大で壁一面に展示されているのが面白かった。
これが偉大なフェルメールの全ての魂かと思い。
かれの43年間は400年以上もこうやって引き継がれることになる。
それが人類にとってどれだけ幸せなことであるか、
フェルメールは知る由もない。
そのことに想いを馳せた。
今回、展示されていなかった
「真珠の耳飾りの少女」や「牛乳を注ぐ女」などの
実物を是非見て見たいと思った。