先日、行った神奈川近代文学館の「堀田善衛展」を見てから、
何か堀田善衛の著作を読んでみたいと思っていた。
丁度、家の本棚に先日アマゾンで購入した本書があり手に取った。
本書を何故購入したのか忘れた。
宮崎駿が薦めていたのか、
それとも他の誰かの書評を見て読んでみたいと思ったのか?
本書で、堀田善衛は芥川賞を受賞した。
堀田、34歳の時である。
昭和27年(1952年)だった。
「広場の孤独」も「漢奸」も異国の地とかかわってきた人たちの物語である。
これは堀田自身が、国際文化振興会で上海に滞在していたこと。
それ以前にも海外との業務に携わっていたことと
深い関係があっただろうことは想像出来る。
当時、そのような境遇の人はあまり多くはなかっただろうし、
そのような視点で小説を書くということは珍しいことだったのだろうなあと思う。
今でこそ、海外に住んで小説などを発表している日本人は
普通になってきてはいるが、当時は本当に少数派だったと思われる。
「広場の孤独」は朝鮮戦争が勃発し
日本は米国の同盟国として前線基地としての機能を果たす。
日本は朝鮮特需に沸くのだが、
その数年前まで戦争をしてきており
戦争放棄を掲げた憲法を作ったのにもかかわらず
国益のための矛盾がこのように出てしまっている。
しかも米国はそれを当然のことだと思い、
北朝鮮と中国軍(もちろんバックにはロシアが資金と武器の援助を行った。)と
激しい戦争をする。
それを海外に駐在したことのある日本人が冷静に見つめ、
そこから何かの事件のニオイのようなものが予感され、始まろうとする。
堀田の文体は読みやすいものではない。
また、文章の中にいろいろな意味が含まれているので
読むのに骨が折れる。
しかしながら、そこで描かれていることは冷徹に事実を見つめている。
そういう時代の最中にこの小説が書かれていることは
衝撃的なことだったのではないのだろうか?
朝鮮戦争の終結は1953年である。
木垣という男が受け取ったティルピッツからの
米ドルはいったい何だったのだろうか?
「漢奸」は時代が少し遡り終戦直後の中国での話。
実際に堀田が体験したことが下敷きになっているのだろうか?
堀田は終戦を上海で迎えている。
その当時日本軍に協力しながら自らの生活を通訳などをすることによって
まかなっていた中国人が非国民だったと断罪される。
そして裁判が行われる。
ここでは同僚として働いていた中国人通訳のアンドレ(安徳雷)
のことを中心に語られる。
戦争が終結したと息をきらして伝えに来た
アンドレの運命はその後大きく転換する。
戦争の勝敗だけによって人間の存在価値が
反転することを痛烈に描いた作品である。
その悲惨さを冷徹に観察し
淡々と堀田の硬筆なタッチで描写していく。
無骨な強さが堀田作品にはある。
それが頑固者を絵にしたような宮崎駿をとりこにし、
鈴木敏夫をとりこにしたのだろう。
スタジオジブリの底流にはそういった激しい思想と
現実を鋭く見る視点が流れているのだな、
と堀田作品を通じて間接的に教えてくれるのだった。