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12時半から始まった報告会は当初の予定だった 18時を過ぎて18時半近くまで延長して終了! なんと!6時間の報告会となりました。 カンヌライオンズは正式名称を 「Cannes lions international festival of creativity」といいます。 この名称は2011年から使用されており、 以前は、「Cannes Lions International Advertising Festival」 と言っていました。 アドバタイジング(=広告)の文字が消え 「クリエイティビティ」という言葉に統合されています。 広告のこれからを予見するような名称変更でした。 ACCの主催するこの報告会は、いつもはTVCMを中心に行われていたのですが、 今年はTVCM以外のジャンルも取り上げ たくさんのジャンルに関して報告をしてもらうというものになりました。 いきおい、報告会の時間が長くなるのも納得です。 まずは「Film Lions」の報告会です。 今年、グランプリを取ったのはChipotle, ‘Cultivate Campaign’というもの。 米国のメキシカンフードの会社の長いCM。 食品を薬品などを投与して、大量生産している方法をやめて、 もとの健康な状態に戻そうよというアニメーションのキャンペーンでした。 詳細はカンヌのWEBサイトをご覧ください。 審査員をされたTBWA\HAKUHODOの佐藤カズーさん。 モデレーターとして電通の古川裕也さんが参加されました。 最後に挙手で、この場のグランプリはどれか?ということで、 実際にカンヌでグランプリを争った、「Chipotle」と 英国の新聞「The guardian」の三匹の子豚が出てくるシリアスなCM と、カンヌでスピーチをした クリントン元大統領がこのCMが好き!と話した「DIREC-TV」シリーズ (もし、ディレクTVを見ないとこうなりますよ!というナンセンスなもの)の3本。 それに加えて、会場で古川さんがP&Gのロンドンオリンピック向けの すべてのママを応援するというキャンペーンの4本で挙手となりました。 会場では「The guardian」が最も挙手が多く、次はP&Gでした。 P&Gは 「craft」(実際に制作する際の撮影や編集の仕上げまでのプロダクションワークのこと。) のチカラが、素晴らしかったです。 カズーさんのお話の中で知ったのですが、このCMのディレクターは昨年、 フィルム部門でグランプリを受賞した「nike」のCM「wright the future」と 同じ方だそうです。 (ちなみにこのナイキのCMの制作費、何と25億円!) 名前はAlejandro Gonzales Iñarritu。 ゴンザレスさん。ですね。 ちなみに先ほど出た「Craft」部門のグランプリは 熊の毛皮の敷物が映画の監督をするという フランスのテレビ局「canal+」のものでした。 Film部門も現在ではTVで放送されたものと インターネットで流れているものが一緒に審査されるようになりました。 その中で日本で制作されたインターネットを中心とした キャンペーンインテルの「museum of Me」はGOLDの快挙でした。 いまは、審査が始まる前に既に多くの方が それらを見て知っているという状況から審査が始まる。 カズーさんはそれを「already shared」という言葉を使って説明されていました。 そして、Web環境でみんなが見て多くの方が AWARDSを決めているという状況が起きているという お話は興味深いものでした。 ![]() ▲
by haruharuyama
| 2012-10-06 10:18
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これは、わかりやすくてスイスイと読めた。 歴史関係の本を最近、何冊か読んでいたが、 なかなか手ごわく難しく読み進めるのに苦労していた。 本書は、網野さんの講演録をまとめたもの。 抽象的な歴史観や思想の話ではないので 余計読みやすかったのだろうか? 現実に使われている「言葉」のはなし。 普段何気なく使っている言葉が実は歴史的に見るとこうなんですよ! というトリビア的な話が満載。 まず驚かされるのは「日本」というのはいったい いつから「日本」と呼ばれるようになったのか? 中国の人は1949年。米国では独立宣言のあった1776年と 明快に答えることが出来るのだが日本は曖昧。 網野さんは古文書に書かれた具体例などを引いて説明をする。 そこでわかったのは大体7世紀あたりでないか? ということがわかった大化の改新(645年)と平城京が出来る(710年)前あたり? こうして網野さんはわたしたちが知らない 歴史的な事実を並べて新たな歴史の視点を呈示してくれる。 その視点は普段何気なく使っている「ことば」を 詳しく調べていけばわかる、と。 「日本」の次は「百姓」という言葉の持つ本来の意味について語る。 「百姓」とは農業に従事する農民と同義だろうと思っていた 思い込みを覆す。 網野さんは様々な過去の古文書などに書かれてある事例を引いて、 その根本に迫ってくる。 百姓にはいろんなことをする人のことを 総括するような意味がそもそもあって 「普通の人」「一般人」のことを言う。 江戸時代から明治時代にかけて、 いろいろな職業で生計を立てていた人たちを 「百姓」と言っていたのを 「農業従事者」というレッテルに貼り直したんだということを教えられる。 さすが民俗学の系譜を引く歴史学者らしい。 網野さんは民俗学の宮本常一の流れを汲む学者であるとも聴いている。 本書の中でも渋沢敬三ともに興した民俗学のことについても語られている。 柳田國男の学派と渋沢(=宮本)の学派が分かれていたことに触れている。 このあたりの詳細は佐野真一の「旅する巨人」(@文春文庫)に詳しい。 本書は、それ以外にも、日本の地名や「関東」、「関西」の興り、 不自由民と職能民、被差別民などの呼称、そして商業用語についてなどを取り上げ、 歴史の教科書に書かれていないようなことをたくさん教えてくれた。 商学部で使う「為替」とか「手形」という言葉は中世からあり、 日本は高度な商業が発達していたと書かれており驚いた。 逆に「経済学部」で学ぶ経済用語は外国からの翻訳用語である ということを聴いて深く納得した。 商業の発達によって中世から代官たちは「接待」や「談合」などを 行っていたということを聴き、人間関係などを円滑にしながら 商売を進めていくということが中世から行われていたことに驚き、 人間はいつの時代も同じようなものだといたく納得。 井上ひさしが本書に向けて言葉を寄せている 「日本国を考えるための新しい長い旅はこの一冊から始めるしかない」 ![]() ▲
by haruharuyama
| 2012-10-04 08:18
| 読書
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鈴木大拙という名前はこの「禅」について書かれた本や講演などで有名。 先日の新聞にも鈴木大拙の「禅」についての晩年の公演記録が CDとしてセットになって売られている記事が掲載されていた。 「禅」というと。厳しい座禅などの修行と精進料理、 そして「そもさ」「せっぱ」という禅問答などが有名であるが、 その考え方の本質を知らないので 読んで知ってみようと思ったのが本書を手にとったきっかけだった。 そういえば「一休さん」も禅問答をしているので 「禅宗」のお坊さんだったのか? 禅の修行は「生きているうう!」という感じを強くするものだな!と思った。 この瞬間に生きていることを噛みしめる幸せみたいなものを 意識的にさせてくれるものではないのかな?と感じた。 そして「禅」と親和性が高いのが「茶の湯」であり「能楽」であり「俳句」である。 こうした芸術的行為が「禅」的なるものであり、 その「禅」的なるものとは「日本」的であるということに通じる。 極端に研ぎ澄まされ無駄や無理を排除して シンプルに簡潔にした「美学」がそこにはある。 それは「能」も「茶の湯」も「俳句」も同じ。 徹底的に研ぎ澄まされたものがそこにある。 本書は鈴木大拙が外国人に向けて英語で書かれたものが原典である。 原題は「Zen Buddhism and its Influence on Japanese Culture」(Kyoto:1938) それに「禅と俳句」という1章を新たに加えて和訳したもの。 全部で7章からなる。 1「禅の予備知識」 2「禅と美術」 3「禅と武士」 4「禅と剣道」 5「禅と儒教」 6「禅と茶道」 7「禅と俳句」 である。 鈴木が古典を良く引用するのだが古文と漢文の素養がなければ 読めない箇所もたくさんあり、そこの部分で難儀したところもある。 最近、特に思うのだが漢文の素養が現在の「日本人」に残っているのだろうか? と自戒を込めて思う。 戦前の日本人は多くの人が豊かな漢文の素養をもっていたと聴く。 中島敦という作家がいる。 彼の著書「山月記」を読みはじめたことがあるのだが、 漢文の素養なしにはとても読めないものだとわかり 挫折したことがあった。 本書の中で印象に残った箇所を引用する。 禅と科学を対比したところである。 「禅は体験的であり、科学は非体験的である。 (中略)実体こそ禅において最も高く評価されるものである」 言葉はいらない目の前のその実体こそが重要であると説いている この考えは武士道みたいなものに通ずるのではないかな? 直感の重要性もそのなかにはあるだろう。 「気」を感じるチカラみたいなものも含まれるだろう。 人間の本来持っているそのような「能力」に着目し、 修行を通じてそれを気づき目覚めさせ悟りに至るという、 武士の時代にまさにふさわしい宗教かも!と 何となく感じられたのであった。 そこには豊穣なものはなく徹底的にそぎ落とされたものだけが残り、 日本人はそれらを「わび」「さび」として認め評価する。 ![]() ▲
by haruharuyama
| 2012-10-03 08:19
| 読書
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この「岩波ジュニア新書」シリーズ。かなりのものである。 高度で難しいことを、簡単に中学生・高校生にもわかりやすく、 そのエッセンスをまとめている。 しかししかし、なめてかかると全く歯がたたない! のは先日読んだ「それでも日本人は『戦争』を選んだ」(@朝日出版社)と 同じだった。 結局、何度も、何度も同じ文章を読み返し理解しようとするが、 理解出来ることころとそうでないところがあり、 そのまま読み進めるという情けないカタチになって読了した。 本書はヨーロッパの思想がどのように発生して発展してきたのか? という変遷を概説したもの。 入門書としてとても良い!という誰かの文章を読んで注文した。 著書の岩田靖男は1932年東京生まれの大学の先生。御年80歳! 東北大学教授を経て、本書出版当時は仙台白百合女子大学教授をされているらしい。 本書は2003年に発行されている。 ヨーロッパ思想の根源は紀元前の「ギリシア思想」と 紀元後の「ヘブライ思想」(ユダヤ教やキリスト教が生まれている)。 ギリシアの思想は「人類の自由と平等!」そこから 民主主義と翻訳されたデモクラシーという考え方が生まれる。 そして2千年が過ぎてわたしたちはようやく その「デモクラシー」が世界中に拡がってきたことを実感しつつある。 もうひとつは人間の「理性主義」というもの。 その理性が世界の法則を発見したりする。 (ここ難しいですね、でも先生は書かれており、完全に腑に落ちるものではなかった。) 理性を持つことによって 体系づけてルールや仕組みを知ることが出来るというのが その考え方の中にある。 ヘブライ思想とはユダヤ教として生まれキリスト教として拡まったもの。 一つ目は、その基本は創造主が神であるということ。 八百万の神とは対極にある志向。 そして、二つ目は、人間は神のつくった唯一絶対の存在であるということ。 むちゃむちゃ極端な意見のようにも思うのだが、 その考えをヨーロッパの人たちはもち 人間が絶対である という考え方からすべてが発展したのだそうだ。 そして三つ目がみんな良く知っているのに忘れがちな「赦し」というもの。 汝の右のほほを打たれたら左のほほを差し出せ!とイエスは言う。 これが「愛」であるとイエスは言う。 その絶対的な愛をもっているものが 唯一絶対の人間である、ということならそんなに傲慢でもないぞ。 しかし、実際のわたしたちは、実は、傲慢に生きて来てしまっている ということが過去の歴史を見てもわかる。 大自然に大きなしっぺがえしをされる前に もう一度初心に戻らなければ! 岩田先生はこの二つの大きな考え方に ヨーロッパの思想の根源はあるとおっしゃっていた。 そして各論を本書の中で続けて語られる。 この各論を読み解くのが頑張りどころでもあった。 一番難しかったのが各哲学者の考えていることの本質を理解すること。 岩田先生は簡単にそのエッセンスを抽出しようと工夫をされるのだが、 それでもなかなか読み進めることが出来なかった。 ソクラテス・プラトン・アリストテレス・アウグスティヌス・ トマスアキナス・ルター・デカルト・カント・ロック・キルケゴール ・マルクス・ニーチェ・ハイデッガー・そしてレヴィナスに至る思想家まで。 現在になってギリシア時代に謳われた「自由と平等」が実現化しつつある。 その後わたしたちが進むべき道は真のグローバル化であると。 それは国家や国境などの概念を超えたものとして 「寛容」のこころを持って進むべきであると説いている。 ![]() ▲
by haruharuyama
| 2012-10-02 07:47
| 読書
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台風が迫る中、三鷹芸術文化センターへ向かう。 MITAKA “Next” Selection 13th。 作・演出のノゾエ征爾の新作。 ノゾエは舞台で俳優として何度か見たことがあるが、 この「はえぎわ」を見るのは初めてだった。 今回は新たな試みとして50歳から69歳までの年代の人々が アンサンブルとして出演している。その数11名! はえぎわの俳優たちと合わせると総勢、27名が出演していた! アンサンブルの方の1名は「さいたまゴールドシアター」にも参加されている。 蜷川幸男の舞台とはまったく違う「はえぎわ」の舞台が現出する。 ものすごく自由な演劇だった。 イメージがとめどもなく現れては消える。 そんな中にもストーリーがある。 複雑そうなストーリーをシンプル化してまとめると、 両親が亡くなってその後を継いで「食堂」をやっている姉と居候をする弟、 そこに近くの国道沿いのスーパーが経営危機に陥っている、 そこの男性店長と、エリートの女性社員、 また、何故か死にそうな男がいる。 バイクに乗る婦人がトイレに入っている間、 バイクに下げていた財布の入ったカバンが盗まれる。 盗んだのは留学生。そして留学生の恋人。 お金がなくて困ったバイク婦人は 食堂の求人募集に応募して、その料理のうまさにものすごく繁盛するのだが、 ある程度アルバイト代がたまったので、 またそのバイク婦人は出ていく。 伊丹十三の映画「タンポポ」にも似た設定みたいだが こちらの舞台はさらに複雑、人間関係もそこで行われるエピソードも 突発的でとりとめがない。 年をとった人たちのアンサンブルと若いはえぎわの俳優たちの対比が 世代をつないでいく人間たちに見えてくる。 この舞台の中で何回も繰り返される言葉がある 「朝起きて、ご飯を食べて、排泄して、眠る。」 わたしたちはこの繰り返し。 そしてこの繰り返すこと以外に何をしているのか? ということが問われているのだ!とノゾエは私たちに投げかける。 それが生きていくこと?自分らしいことなのかも? みたいなメッセージがほんのりと漂ってくる。 大声では語らない。 余命いくばくもない若者と元気な高齢者なども出て来て 逆の対比が行われる。 (どちらが「死」が身近かという対比。) この舞台は音楽と効果音がとても印象的に使われている。 個人的に一番受けたのは食堂の弟が スタミナ定食を拾って食べるところ。 食べるときにいちいち効果音がシンクロする。 まるでアニメーションじゃないか! そしてむっちゃとぼけている! と思わず笑ってしまった。 終演後、台風が来るまでに何とか帰ることが出来た。 このホールでは、雨の時のためにビニール傘を何と100円!で販売している。 10月8日まで。 ▲
by haruharuyama
| 2012-10-01 09:29
| 舞台
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