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原作:エドゥアール・ルイ、演出:トーマス・オスターマイアー。 フランス人の原作をドイツのシャウビューネ劇場が舞台化した作品。 折り込みを見ると初演は2018年6月とある。 大きなプレイハウスのプロセニアムに真っ白で大きな壁がある。 まるでIMAXシアターのスクリーンのよう。そこに映像が投影される。 上手にはドラムセットと小さなキーボードが置かれている。 開演の10分前に会場の中に入れる。 それまでは観客はロビーで待つことになる。 大きなロビースペースがある劇場ならではの贅沢な演出。 東京芸術祭の総合ディレクターである宮城聰さんも会場にいらしていた。 そういえば先週のNHK「SWITCH INTERVIEW」に 宮城さんが登場されており興味深く見た。 舞台には一人の男がベンチにすでに座っている。 会場に携帯電話のスイッチを切るアナウンスが流れ その注意が書かれた字幕が大きな白い壁に投影される。 その後ドラムセットにミュージシャンの方が登場すると舞台は始まる。 男性3人と女性1名の4人の俳優だけが登場する。 あらすじは「チラシ」に書かれていものを引用する。 クリスマス・イブ。パリのアパートメント。 私はアルジェリア系移民2世の青年と愛を交わす。 しかし、スマートフォンが無くなっていることに気づいた 「私」がそのことをなじると、青年は出自と両親への侮辱だと激怒し、 「私」はレイプされる。 告発へのためらい。 故郷の姉は「私」のパリジャン気取りを嘲笑する。 警察の自宅捜査が始まるー。 というもの。 フランスでテロが何度か起きているが それも移民の問題とは無関係ではない。 フランスは植民地時代に占領していた国からの移民が多い。 以前パリでロケをしていた時もロケ隊の車両のドライバーの青年が 北アフリカからの移民だった。それも20年近く前の話である。 北アフリカはイスラム教である。 キリスト教的価値観とイスラムの価値、 そして移民に対する差別意識と移民たちが感じる差別されているという感情、 さらに本作では同性愛という状況も加味されてくる。 映像の使い方が面白い。 スマートフォンで撮影されている映像が舞台の 大きな白い壁にモノクロームの映像で投影される。 何をしているのか? 最初わからないが現場検証をしていることなどがわかってくる。 いくつもの断片が映像で投影され物語の複雑さを補強していく。 クローズアップショットが大きなスクリーンに投影されるという 演劇では最も見難い状況をフォローし強調することによって ある種の身体的な感覚が見えてくる。 そしてこの舞台のすごいのは「レイプ」シーン。 実際にレイプされているのではないか?という迫力。 愛の交歓と憎しみの発露が同じ行為で表現されるという皮肉。 「暴力の歴史」という題名は何故つけられたのだろう? それを考え続ける事こそこの作品の持っている本質なのかも知れない。 「暴力を考えるノート」が配布され、そこに多くの人たちが寄稿されている。 これも本作を考えるための補完材料としての劇場側の配慮なのかも知れない。 上演時間135分。10月26日まで。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ▲
by haruharuyama
| 2019-10-26 10:33
| 舞台
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朴璐美という声優さんがいる。 実は、朴璐美さんが、私が勤務する 東北新社の声優学校「映像テクノアカデミア」で在校生向けに お話をしてくれることとなった。 実は以前から、彼女がナレーションをしている番組を何本も見ていた。 私が以前いた会社「テレコムスタッフ」の仕事を見ていると 「ナレーション:朴璐美」というクレジットが何度か出ており、 どんな方なんだろう?と気になっていた。 その朴璐美さんが勤務先から歩いて30秒の「サンモールスタジオ」で 舞台公演をするというではないですか?速攻で行くことを決めた。 朴璐美さんは実は演劇集団「円」におられたらしく 舞台にもたくさん出ておられることを知る。 そして自身でプロデュースユニット「LAL STORY」を立ち上げ 今回のような舞台のプロデュース公演をされているらしい! サンモールスタジオという100人も入るといっぱいになるスタジオに これでもか!というくらいのお花が届いていた! 華やか!以前、シアターサンモールでも 声優の方々が演じた舞台を見に行ったが、その時もお花がたくさん! 声優の業界はアイドルのような華やかさがあるのかな? お花のトンネルを抜けて地下にあるサンモールスタジオへ! 正面から見る観客席と下手側から見る観客席が作られていた。 演出は東憲司。「劇団座敷童子」の主宰者である東は 独特な美意識の世界観を構築する。 今回も劇場に入って舞台の上に置かれてある大きなオブジェに驚いた! FRPで作られただろうそれは、どうやってこの劇場に入れたのか?と思った。 写真撮影が開演前のみOKだったので写真を掲載させていただく。 そして東の演出の音楽と照明などの使い方に注目。 この規模の小屋でここまでやるか!というような贅沢な演出が施されている。 客入れをしているスタッフたちの動きがとてもいい! ちゃんと統制が取れており主宰者がちゃんとお客さんをもてなそうと思いを感じる。 そしてみんな発声がいい!さすが声優でもある朴さんの公演らしい! 本作はテネシー・ウイリアムズの晩年の戯曲。 座席に置かれているパンフを見ることをお勧めする。 彼が1971年60歳の時に書いた戯曲を基に上演された。 テネシー・ウイリアムズと言えば「ガラスの動物園」「欲望と言う名の電車」。 30歳代半ばの作品である。 その後、彼は薬物とアルコールに溺れるようになり 精神疾患を患いながらも創作活動を続けていく。 72歳で亡くなるのだが、38歳から亡くなるまでの 彼の想いはいったいどんなんだっただろう!と想像する。 ここには彼の幼年時代からの家族との確執や葛藤などが 織り込まれ破綻寸前のところで舞台作品というカタチをとどめている。 ある種の精神世界の妄想が舞台になったよう。 よって俳優に課せられるタスクが大きい。 演技次第によっては単なる難解な精神障害の人たちの 物語としか取られないというリスクがある。 しかし朴璐美と共演した山路和弘はそれを何とか演じること 発声することによってある種のリアリティをここに持ち込もうと格闘した。 その格闘の結果が本作である。 声の演じ分けによって何人ものキャラクターが舞台上に現れる。 劇中劇的なものが本作の中には何度も出てくるのだが、 その劇中で演じている人物、そしてそれを演じる俳優としての二人、 さらには姉とテネシーとその家族の関係、そこに関与する母親など、 声と演技の演じ分けによって何役もが見えてくる。 声優を志す人たちは、どうやってこうした声を出しているのか!を、 狭い濃密な舞台で見るのはとても勉強になるのでは? 大声を出してがなり立てることが出来るのが声優ではない! ということが実感として伝わってくる。 抑えた時の朴璐美さんの芝居そして飄々とした山路さんの演技を! 上演時間約100分。10月27日まで。 「当日券あり」と出ていました! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ▲
by haruharuyama
| 2019-10-24 10:36
| 舞台
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女優の那須佐代子さんが運営をされているシアター風姿花伝。 パラドックス定数の連続公演やこうしたプロデュース公演を行うなど、 立地の不便さをプロデュースのチカラで補う努力をされている。 しかも濃密な劇空間で濃密な舞台を見ることが出来る。 同様の小屋として「こまばアゴラ劇場」「アトリエ春風舎」「サンモールスタジオ」など。 もちろん本多劇場グループしかり。 独自の視点で独自の公演を行い、その公演がほかの演劇人たちの刺激になり さらなる興味深い作品を上演する。 こうした連鎖が起きると各場所で行われている演劇の熱量が掛け算となって拡がっていく。 本公演は上演開始後にいろんなSNSやメディアなどで取り上げられ評判になっていった。 私は、その評判をTさんから聞いてチケットを予約させていただき 振替休日の月曜日の17時半過ぎに劇場に行った。 上演時間が休憩2回入れて3時間40分の長丁場だと聞いていたので、 自宅で卵とキュウリのサンドイッチを作って魔法瓶に紅茶を入れて持っていった。 開演前にロビーでそれを食べて観劇。 椅子に新たな高反発クッションの座布団が置かれていた。エアウィーブ的な素材の座布団。 背筋がピシッとする。 スウェーデンの劇作家ラーシュ・ノレーンという方の戯曲。 普通にその戯曲を上演すると何と7時間もの舞台になるらしい! というのもある日の母親のお葬式が終わって火葬した骨の入った骨壺とともに ある兄弟の夫婦が弟の家に夜にやって来てそれから朝を迎えるまでのことが リアルな時間とともに演じられる舞台だったらしい!夜の11時~朝の6時くらいまでの約7時間。 翻訳は岩切正一郎とヘレンハルメ美穂。演出は上村聡史。 4人の俳優たちだけが登場する舞台。 弟の岡本健一とその妻の栗田桃子、600キロ離れた場所に住む兄の斉藤直樹と妻の那須佐代子。 葬式が終わり、弟の妻の栗田が兄夫婦にうちに泊まって行ってください! ということで弟夫婦がやってくる。 岡本健一が栗田桃子(妻)に何故「うちに泊まったら?」と言ったんだ、と激しく攻め立てる ところからこの舞台は始まる。決して仲が良くない家族と兄弟と夫婦たち。 なぜ彼らの関係がそうなったのか?ということが彼らのセリフを通して見えてくる。 激しく攻め立てる、という強度のある演技が終演まで続く。 俳優たちはこれを演じるとフルマラソンを全力で走ったときのように へとへとになるのではないだろうか? 言葉にして相手にそれをストレートに言う! そんな状況が日本にはなくなりつつある。 空気を読むだけでその場がとにかく温厚に安穏と過ごすことができればそれでいい! しかし、濃密な人間関係を営む上ではそれは無理なことであることがわかる。 お互いのどうしようもないところやダメなところなども理解して受け容れていかないと 常に一緒に時間を過ごすなんてことはできない。 そのためには相手の中に土足で踏み込み、感情をぶつけ合うことも必要だったりすることが 私の年になるとようやくわかってくる。 それの葛藤を乗り越えながら人たちは生きていく。 そしてその葛藤は繰り返す波のようにやってくる。 不倫を語るシーンがあるのだが、この年になるまでそんなことになるとは思ってもみなかった。 と、まさに予測不可能な中で私たちは生きていてそれを受け容れながら折り合いをつけていかないといけない。 さらには自分に正直に生きていくことも試される。 その実験が演劇的行為の中で行われている。 こんな夫婦や家族や兄弟だったら私たちはやっていけるだろうか? と考えるきっかけをラーシュ・ノレーンは与えてくれたのかも知れない。 ときどきキリスト教的な価値観が見えてくる。 栗田桃子の狂気を秘めた激しい芝居がすごい! 俳優を目指す人たちには是非見て欲しい舞台。 そして、こうした公演を1か月にわたるロングランで上演しようと言う覚悟に感心する。 10月27日まで。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ▲
by haruharuyama
| 2019-10-22 16:25
| 舞台
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近年。ものすごい仕事量の根本宗子。 彼女が自らの作品以外の戯曲を演出した。初めての試みである。 彼女が過去に出演もした福原充則の戯曲。 実は本作は何度もいろんなところで上演されているらしく 私もこのタイトルのチラシを数回見たことがある。 墓場と女子高生という対極とも思えるような言葉を並べることで印象的な言葉になる。 しかも福原さんの戯曲なので荒唐無稽でギャグもある。 それを、今回は根本宗子が演出した。 見終わって一番驚いたのは「音楽の使い方」。 音響監督と俳優たちが素晴らしい音楽のハーモニーを作ったり、 また時には激しい音圧で私たちを圧倒する。そのメリハリの付け方が素晴らしい。 正しいリズム感や音程、そして、音楽に対する愛情と熱量が半端ない! これを突き詰めていけば根本宗子は「音楽劇」や「ミュージカル劇」の作・演出の これからの日本の第一人者になるのではないか? この日テレビ東京の佐久間さんを観客席でお見かけしたように思ったが、 佐久間さんならどのようにこの才能をプロデュースするんだろう!と少しだけ考えた。 先日、根本宗子が行った、東京芸術劇場のプレイハウスで行われた「プレイハウス」の公演が 素晴らしいものだったと聴いた。(残念ながら私は未見) https://stage.parco.jp/web/play/playhouse/ 12月にも根本宗子は新国立劇場で新作の音楽劇を上演する。 本作は福原戯曲を活かしながらも根本宗子の独特の価値観みたいなものが加味されており、 これ、他の演出家なら出来ないだろうな?という独特のトーンに仕上げている。 スズナリの舞台の奥半分をステージとしている大胆な使い方。 必然的に客席が少なくなるので経済合理性から反するのだが そんなことは「根本宗子」という大きな流れからみれば どうでもいいことになっていくのだろう! 彼女自身がまさにそういう時期に差しかかっている。根本の年齢は30歳。 若い才能をそのまま伸ばしていくことに注力している製作スタッフの度量を感じる。 この時期自由になんでも出来るだけのことをやってもらう! その代わり大量に仕事をしてもらう。 その両輪が回転し始めると爆発的な効果が生まれてくる。 これは過去にも多くの演劇人たちが経て来た試練で私もそういう人たちの 活動を見て感心している。 今、まさに「根本宗子」にその時期が到来しているのだろう! パルコはそれ以前にちゃんと目をつけて「プレイハウス」公演などのプロデュースをしている。 こんな事例を見るとプロデュースすることってとても大切なことなんだと感じる。 エンタメやアート作品のプロデュースを適切に行うことで才能が活かされる。 その才能をみんなが享受することで多くの人の気持ちを動かし多くの人たちの人生を豊かにしてくれる。 そんな効用がアートにはある。 それを信じて周囲のスタッフは懸命に走り続ける。 まさに「青春」! 女子高生と死という相反的でもあり、実は近い存在でもあるという深淵な テーマをさわやかにポップに描いたその手法に拍手! そして、そこには絶対音楽が欠かせなかったということ。 それを目の当たりにすることが出来ました。 後半の引っ張りが気になったが上演時間あと15分くらい短いともっといいテンポになるのでは? しかし、それをしてしまうと、あの独特の根本宗子の感じは出ないのかも知れない。 上演時間2時間強。22日まで。 ![]() ![]() ![]() ![]() ▲
by haruharuyama
| 2019-10-19 10:26
| 舞台
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さて、私の山形国際ドキュメンタリー映画祭もこの日がいよいよ最終日。 一緒に見ようと約束していた人たちが数名いたのだが台風などの影響があって 結局一人も来なかった。(涙) この日の午後から山形新幹線が復旧したのだが、滞在時間が短くて諦めた方も多かったのだろう。 しかしながら、この日は山形市中央公民館ホールにたくさんの観客が来ていた。 6時半に起きてこれを書いてホテルで朝食。 あっという間に9時を過ぎて宿を出て会場へ。 ほぼ毎日同じことの繰り返し。 ![]() 10時~「Memento Stella」 今回のインターナショナルコンペティション部門の中の唯一の日本人監督の作品。 牧野貴監督。実は現在、ドイツにいらっしゃるそうで、山形に来る予定だった。 しかし、飛行機が飛ばず泣く泣く諦められたらしい! 牧野監督は世界中で呼ばれそこで創作活動をしている。アーティスト・イン・レジデンスを日々体現されている方。 彼にとって創作の場所はどこでも良く、その場所に呼ばれれば そこで暮らし創作をすればいい! これからますますこのような時代になっていくのではないか? 実際に本作でも北欧や日本をはじめ様々な場所で撮影が行われ、 そしてフル4Kの編集は香港で行われたらしい。 60分のこの作品を見ると、ある種のイメージの連続が動画となって目の前に現れるという 何とも形容しがたいものだった。 ノイズミュージックというジャンルがあるがノイズムービーと言ったら怒られるだろうか? VJの新しいスタイル? 映像の醸し出す没入感がすごいのでVRなどでこの作品を見るとトリップしてしまうのではないか? なにか画面に吸い込まれる感じとアフタートークで語っておられた方がいたが 私も同様の印象を受けた。 このような現代アート作品と言えるものが ドキュメンタリー映画としてここで上映されることが面白い。 山形国際ドキュメンタリー映画祭の運営サイドの度量の広さが 新たな表現を受け容れていきそれを観客が見て一緒に作品を育て完成させていく。 そのようなプロセスがこの作品の中にはある。 実際に撮影された「水」「灰」「有機物」「人間」などと各章ごとにテーマがあるらしいのだが 良く見ないとその面影がわからないまでの加工が施されている。 4K映像を数百のレイヤー分重ね、カラーグレーディングされて完成させている。 実は牧野さんは以前カラリストをされており、過去に 多くの劇映画のカラリストとしてカラーグレーディング作業を行っておられた。 ブラックマジックデザイン社がダビンチ・リゾルブの普及にチカラを入れている今 さらにグレーディング技術が映像業界に広く普及していくだろう。 牧野監督はこの場には来られなかったのだが4階のQ&Aを行う場所で アフタートークがスカイプ経由で行われた。 アイマックにウェブカメラを取り付けて。 こうした不測の事態に柔軟に対応する山形国際ドキュメンタリー映画祭の運営事務局の姿に感動する。 ![]()
12時半~「誰が撃ったか考えてみた」(Didyou wonder Who Fired the Gun?) 本作の監督の曽祖父が黒人を射殺した。しかし彼はお咎めなしで無罪になったという。 公民権運動が起きる少し前のことだったらしい。 監督はそれを知り、その事件が起きた街を訪ね事件が起きた現場のBARを訪ねた。 曽祖父が行った行為は何故許されたのか? 黒人が人間として扱われなかったのはつい最近のことである。 映画「アラバマ物語」(1962年・米国)に重ねて監督は内省する。 その内省が長いナレーションとなって語られる。 今年のGWの10連休にアトランタに立ち寄った。 その時に「公民権運動」の歴史を詳細に展示した博物館に行った。 「National Center for Civil and Human Rights」という施設。 そこには黒人の方が迫害されたリアルな歴史が記録されている。 負の遺産をきちんと見える形にして遺していくという米国の懐の深さを感じる。 日本は戦前のいろんな責任のことを敗戦して一時占領されてしまったことで、 そうした負の遺産を後世に遺し伝えるということを 今まであまりやらないで来た。 それらのことをみんなで考えることもいま大切なことなのでは? そんなことを思いながら本作を見る。 過去の事件の手がかりがあまりなく、良くこうして作品を創り上げたな!とある意味感心した。
15時半~「トランスニストラ」(Transnistra) ウクライナとモルドバの境界にまだ正式に国際的に承認されていない国があるらしい。 その国の名前は「トランスニストリア」(別名:沿ドニエストル)と言うらしい。 そこに住む17歳の女の子タニアと彼女を巡る男友達や家族を取材したもの。 川があり自然が豊か。そして冬は雪が積もり凍り付くような気候の場所。 そこで思春期の男女たちがまるで1970年代の青春映画のように語り遊び喧嘩する。 この国には働く場所がない! そのため若者は海外で働くか軍隊に入るなどの選択肢しか残されていない。 弟は12歳で軍人の養成学校に入学し、 タニアも海外に働く場所を求めてこの街を去っていく。 カメラは彼らにつかず離れず寄り添い続ける。 そのクールな視点から見えてくるこの小国の現実を私たちは知ることとなる。 「ひなぎく」(1966年・チェコスロバキア)という映画があった。 本作とはまったく関係がないように見えるのだが何故かこの映画のことを思い出した。
17時を過ぎて、さすがにお腹が空いたので、遅い昼食へ。 山形はランチタイムが終わるとやっている店が少ない。 会場から山形グランドホテルの方へ歩いていく途中にある蕎麦屋さん「さかい」へ。 お店の外観も中も古くて心配だが味はいい!しかも安い。たぬきそば(650円)を注文した。 店内ではNHKの「なつぞら」のダイジェストをやっていた。 ![]() ![]()
18時35分~「ラ・カチャダ」(Cachada-The Opportunity) エルサルバドルへ移住して映像制作会社を興した女性が監督した初の長編ドキュメンタリー作品。 とは言え彼女は以前からTV番組のドキュメンタリー作品などを数多く作っておられるので 安心して見ることが出来る。 エルサルバドルの今を映像で見ることが出来る貴重な体験でもある。 この国で働くシングルマザーの5人が演劇のワークショップに参加して、 それをきっかけにワークショップの主宰者の演出家(=俳優)とともに 新たな劇団を立ち上げることとなった。その顛末が描かれる。 彼女たちが自分たちの過去のトラウマに向き合い演劇を通してそのトラウマを克服しようとする。 その葛藤のプロセスが映像に記録されている! 自らのココロの傷に向き合い認識し、そして、新たな自分を創造し、ココロの傷を再生させていく。 5人のシングルマザーたちそれぞれが、それぞれの問題を抱え生きている。 このことは私たちすべての事に置き換えてもいいのかも知れない。 演劇には創作のプロセスを通してココロを回復させていく効用がある。 制作者や俳優のみならず観客にもそれは伝わる。 ココロの健康のためにアートは絶対に必要だと言うことが 最近やっと普通のことになって来た。 特に演劇は身体的行為と感情と理性とを組み合わせて その中でバランスを取りながら、時にはそのバランスを大きく右往左往させながら 創作していく行為である。 身体とココロと知性はどれが欠けても人間として不完全なものとなる。 シングルマザーの彼女たちは、演劇の創作を通じてそれらのことを獲得していく。 彼女たち自身が変化し、同時に彼女の周囲にいる家族が変化していく。 そのプロセスを見るだけでハッピーになる。 そして、いよいよ彼女たちの公演が行われる。家族もその公演を見に来る。 スタンディングオベーションが鳴りやまず家族が舞台に上がって来て母親たちと抱擁を交わす。 それから彼女たちはいろんな都市や国へ旅公演をすることとなる。 エンディングで彼女たちが家族でエルサルバドルだろうか?の海岸で遊ぶシーンがあるのだが、 アルフォンソ・キュアロンの映画「ROMA」で描かれた海岸での休日のシーンより 美しいのではないか?マジックアワーの空と海と光がとてもきれい。 本作は米国のテキサス州・オースティンで毎年3月に行われている サウス・バイ・サウスウウェスト(S×SW)の映画祭で今年の3月に初披露され グローバル部門の観客賞を受賞した。山形ではどうだ?
終映後、 急いで「ソラリス」(映画館)へ移動して、韓国と台湾の作品を見る。 「ソウルの冬」(Winter in Souel) 25分の短編。ソウルに一度行って大ファンになりその後、2回行った。 大韓航空の世界中へのアクセスの多さと航空運賃の安さ機内食の美味しさもいい! あとの2回はトルコに行くときのトランジットを利用して1泊ずつソウルに泊まった。 冬のソウルがどんな映像になっているのか?という興味。 全編モノクロームで描かれ、撮影した風景も現代的なものでなく屋台や路地などが多く描かれ ノスタルジーを誘うものだった。 ある一人の男がソウルの安宿に滞在し彼の独白を女性がナレーションで語るというスタイル。 「駆け込み小屋」(Hut) 台湾に出稼ぎに来ているインドネシアの労働者たち、 雇用環境や雇用条件が悪すぎて職場を飛び出し逃げてくる駆け込み寺的な場所で全編撮影されている。 この日は特別な日で何人ものインドネシアの人たちがやってくる。 彼らは口々になぜ飛び出して来たのか?逃げて来たのか?を語りだす。 その言葉から台湾での外国人労働者がどのような扱いをされているのかが見えてくる。 本作には大きなどんでん返しがある。 30分くらいすると、そうなのかな?とわかる人もいるかもしれない。 しかし、その監督のたくらみを知ることになってもここで描かれていることは現実なのである。 とてもシニカルな作品。 そして、この外国人労働者の現状は日本でも同様のことが起きている。 4月1日から外国人労働者の受け入れが制度化されてさらに拡がっている。 しかし、安価な労働力を求めての施策ではなく 生産性の改善や根本的なイノベーションを含めての制度設計を行っていかないと 根本的な解決にはつながらないと思うのだが、いかがでしょうか? 21時35分に終了! セブンイレブンでサンドイッチと野菜などを買ってホテルの部屋で食べた。 今回の台風での被災のニュースをずーっと見ていた。 ![]() こうして私の4泊5日の山形国際ドキュメンタリー映画祭のレポートは終わりです。 16日水曜日の表彰式で何が受賞するか楽しみ。 個人的には「理性」「ラ・カチャダ」「これは君の闘争だ」「ミッドナイト・トラベラー」 「光に生きる―ロビー・ミュラー」などが印象に残っている。 ![]() ![]() ▲
by haruharuyama
| 2019-10-15 08:58
| ドキュメンタリー
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台風一過。しかし、この日は山形新幹線が復旧せず、 アクセスが遮断された街でじっくりとドキュメンタリー作品を見続けた。 別の街から来る観客がいないのでやはりいつもよりもゆったりとした状態。 この日の夜に山形駅の改札前を通ったので 駅員さんに復旧のことを尋ねたら多分、14日の午後から走り出すとのことだった。 ![]() 朝6時半起床し、これを書き、ホテルの朝食。 リッチモンドホテル山形駅前の宿泊者が多いのか、食堂がとても混んでいた。 芋煮や納豆餅、紅花のちらし寿司や山菜蕎麦などの郷土料理もたくさんあった。 ![]() 9時15分にホテルを出発、山形駅前から七日町の会場まで20分ほどかかる。 この運動がないと完全な運動不足になってしまう。 休憩時間は出来るだけ市内を歩くようにしている。 ![]() ![]() 10時~「約束の地で」(In OurParadise) 本作はボスニアの難民の現在を姉妹の視点から描いたもの。 フランス人の女性監督!むっちゃ美人。名前はクローディア・マルシャル。 妹が先に難民としてフランスに住むようになり何とかかんとか暮らしている、 そして姉も家族とともに難民としてドイツに渡ろうとするがドイツの審査が下りず拒否される。 そして姉はボスニアに戻って来て静かな山間の街で暮らす。 近所のお店に借金があり、妹にまた金の無心をしなければならないというような現状が描かれる。 EU諸国の難民の問題もボスニアの難民からイラクの難民などと時代を経るにつれてどんどんと増えており、 それは移民問題と一緒に語られるようになりながらややこしい状態となっている。 クールな視点が静かな作品構成となっている。 12時45分~「これは君の闘争だ」(Your Turn) ブラジルの作品。ブラジルで学生が公立高校の統廃合を打ち出し、 それに反対する高校生たちが学校を占拠しデモを行い行政サイドと戦ったことが描かれる。 まるで現在の香港のデモのような激しさ! 学生だけでこんなに激しいデモになっていくのか!と驚き、 そしてカメラがそのど真ん中に入っていっているのを見て驚く。 撮影が現場そのものにあることの強さったらない! そして本作の編集や音楽の使い方コメントナレーションの入れ方が超ポップでかっこいい! いままでの上品な正統派ドキュメンタリーと言われているものがあるとしたら それとは対極にあるような作品。 そして、それが超クールでかっこいい! ブラジルの高校生の自主独立した気性は今の日本の高校生にあるだろうか? 日本では本当に1970年代前後にいくつかの高校が安保闘争の時期に学生運動が行われたと聴いたが、 それ以降は何もない!そして自治を守るなどの意識などあるのだろうか? 温室でぬくぬくと育った日本人高校生は何を思い、何を感じているのか? そこからあぶれだす人たちがネットにはまり学校に行かなくなっているのがいまの日本なのかも知れない。 そして、いつも思うのだが、 そうした辺境の人たちから新しいものが生まれてくる。 ブラジルの高校生たちは彼らの主張を勝ち取ったが、 しかし近年になってブラジルの大統領が変わり、 デモ行為などに対する規制がどんどんと厳しくなっているらしい。 右傾化と言われても仕方がない状態。 それは米国やEU諸国もしかり極右勢力が力をつける現状はいったい何故なのか? 考え続ける必要があるのではないだろうか? グローバル資本主義は今も拡がり格差が拡がり続けている。 本作の監督が山形到着が遅れお話がきけなかったのが悔やまれる。40歳の女性監督。 14時半ぎりぎり前に「昼食」。山形はランチタイムを過ぎると夜までやっていないお店の方が多い。 ネットで見た新たラーメン店「山之助」でラーメン680円。 ![]() 15時45分~「理性」(Reason) インドの監督アナンド・バトワルダンの作品! インドで今起きている極右勢力の台頭がなぜ起きているのか? そしてカースト制度の矛盾があぶりだされ、そこから生まれてくる問題点をあぶりだす。 ヒンズー教徒が大部分を占めるインドだが、 そこにはムスリムの人たちもいるし仏教徒も少しながらいる。 そしてカースト制度を厳格に守り、ヒンズー教徒が最高である私たちは選ばれたものだという 意識を持ったカーストの高い人たちが組織化して 極右のヒンズー教徒を洗脳教育なども行いながら組織的に作っていっていることが これを見るとよくわかる。 そこには二元論で語られるような善悪だけの単純な論理に落としこまれ 深く思考するということが排除されてしまっている。 監督はそのことに大きな危機意識を持っている。 だからこその「理性」というタイトルなんだろう!「理性」を持って 対話し続けてこの国を、世界をより良くしていくことが必要なのだ! と監督の圧倒的な熱量が私たちに訴えかけてくるのである。 218分という4時間近くの長編ながら、まったく冗長なところがない。 監督の深い思考と経験に基づいたこの作品は私たちに多くの気付きを与えてくれるだろう。 アフタートークでは質問が止まず、そして4階の会場に移したQ&Aは1時間半にも及んだ! 監督はこれからヒンズー原理主義の敵は 1「イスラム教徒」2「仏教徒」3「共産主義者」だったのが、 時代の変化につれて3がなくなりこれからは3「理性主義者」(rationalist)となった時代だと おっしゃっていたのが印象に残った。 そしていい意味で「理性主義者」を生みだすのは実はこうしたアート作品であり、 そのための芸術家たちの意義は大きい! まったく知らなかったインドの現状を突きつけられた作品だった。 21時40分~台風で昨日の上映が中止となった「1931年、タユグの灰と亡霊」 フィリピンのタユグという場所に居た革命家のお話。 無声映画のような仕立てや劇中劇のようなフィクションが取り入れられている。 全編モノクロームで一か所だけ赤が効果的に使われており、 黒澤明監督の「天国と地獄」を思い出す。 終わったのが23時35分! ホテルの近くのコンビニでおでんとサンドイッチなどを買って 部屋で「ラグビー日本代表選」のスコットランドとの熱戦のハイライトを見ながらおいしくいただきました。 日本決勝進出おめでとおお!
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by haruharuyama
| 2019-10-14 08:15
| ドキュメンタリー
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山形国際ホテルにて6時過ぎに起床! このブログの11日分を書くのに2時間近くもかかってしまった。(泣) 今年の映画祭は台風19号の影響でいろんなことが起きている。 この日の午後から山形も台風の影響を受けると言うことで テレビなどのニュースが史上最大の台風の情報をあおるような形で流し続けている。 災害がひどくなるまえに避難をしてもらおうとする役所やメディアの状況は良くわかるのだが、 では実際にどのタイミングでどのような判断をするのか?がとても難しい! ロケの天候判断と同じように、移動には多くのリスクが伴う。 そして生活の質に影響が起きる。災害時の対応がこれからこの地球の大きな課題になっていくのでは。 ![]() 山形国際ドキュメンタリー映画祭でも「災害とともに生きる」と題された特集上映などが行われている。 ![]() ホテルを出て、この日泊まる予定の別のホテルに荷物を預けるために立ち寄り、 その後、七日町の会場に移動する。雨が徐々に強くなってくる。 この日は8時間超の王兵(ワン・ビン)の作品「死霊魂DEAD SOUL」(495分)の上映。 10時の開場に並ぶ人たち、しかし台風の影響か? いつもの山形国際ドキュメンタリー映画祭の三連休の土曜日よりも観客が少ないような気がする。 1957年から1961年に中国で行われた右傾分子をゴビ砂漠にある 再教育収容所の記憶を延々と関係者にインタビューしさらに現地に赴き撮影し続けている。 王兵は過去にも同じテーマで「無言歌」や「鳳鳴-中国の記憶」などの作品を製作しており、 ひとつのテーマを同じ作家が延々と追い続ける姿勢が感じられる。 王兵の生涯のテーマのひとつである。 こうしたものを見ると、香港の人たちが本当に恐れていることはこういうことなんだ! ということがわかる。 民主的なものがないがしろにされてしまう国家はまだまだたくさんあり、 国民はその中で生きていかなければならない。 私が王兵の作品を初めて見たのがこの山形国際ドキュメンタリー映画祭だった。 初めて山形に行った2003年の時である。 「鉄西区」というこれも9時間近くある作品で製鉄の現場を延々と記録したものだった。 本作では多くの関係者に取材し「再教育施設」に入れられ生き残った人たちが 延々と当時の記憶を語る。間も含めて王兵はその様子をそのまま編集していく。 1台のカメラだけで撮影しているので時々「黒味」が入ってジャンプカットのような 編集になっているのが独特。 多くの人たちの証言を見ていると当時実際に起こった話が何度も繰り返し出て来るので、 その信ぴょう性が時間を経て強くなっていく。 「毎日のように死人が出た、隣の人が次の日には死んでいた、 1960年の最後の方になると生き残っている人たちはわずかだった、 再教育施設に入れられて生き残ったのは1割程度だった」ことなどがわかる。 日本が太平洋戦争で玉砕を強制されてように、 中国でも「再教育」という名で強制的に人権を奪われた。 国家にはそういうところがある。米国では同じ時期に「赤狩り」が行われた。 中国と真逆の思想を持つものが迫害されたのである。 また、インタビューを通じて再教育施設に送られた方で「キリスト教」などの信者の方々もいたんだ! ということがわかった。 共産主義国家では宗教を禁じていた歴史がある。 ゴビ砂漠の収容施設跡を訪ねる映像が流れる砂漠で何もない場所。至る所に人骨がある。 そこに地下壕が掘られ、そこがマイナス20度にもなる場所だったらしい。 1日精製前の250グラムの食料しか与えられず、それはおかゆ1日1杯というありさま。 炊事班や幹部に取り入った人たち、盗んだ食料を食べた人たち、 そして仕送りで何か食べ物をもらっていた人たち、 さらにはそこから逃げ出した人たちだけが 唯一生き残ったという事実を知り愕然とする。 多くの人が知識階級と呼ばれている学校の先生などだった。 1回目の休憩で「大器」の「担々麺」(780円)、 2回目の休憩は会場の4階にある100円ショップでウーロン茶を買って飲んだ。 ![]() 実はこのメイン会場の上映以外は台風の影響で夕方以降上映が中止となったことをあとで聞いた。 休憩時間になると観客が携帯のマナーモードを解除するのだが、 その時、いろんな場所から一斉に警戒警報を知らせるアラーム音が鳴った! 会場は騒然とする。2011年3月に地震警報が鳴り続けた日々を思い出す。 ![]() ![]() 20時終映。昨日行った「なかの」に! 今日行くと言っていたので台風にもかかわらず店を開けて待っていてくれた。(涙) おすすめの戻りガツオがものすごく美味しい! そしてもつ煮と締めに鳥蕎麦をいただいて大雨の中ホテルへ戻った。 ![]() ![]() ![]() ![]() TVでは台風情報をやっており、山形新幹線は明日動くのだろうか? 台風一過の山形はどうなるのだろうか?と思いながら床に就いた。 ▲
by haruharuyama
| 2019-10-13 07:47
| ドキュメンタリー
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今年も始まりました。山形国際ドキュメンタリー映画祭。 今年で30周年となる。2年に1回の開催だから15回目の映画祭。 私がこの映画祭に初めて行ったのが2003年だった。あれから19年、毎回行き続けている。 この映画祭を見ることで、私はドキュメンタリー映画の多様性を知り、 そして世界中のドキュメンタリー作品に興味を持つようになった。 NHKやBBCやヒストリーチャンネルなどで放映されるものが ドキュメンタリー作品と思っていた私だったが、 この映画祭でその認識が大きく変わった。 最近はイメージフォーラムやポレポレ東中野、アテネフランセや アップリンクなどで優れたドキュメンタリー作品が上映されるようになり、 私たちのドキュメンタリー映画に対するリテラシーも大きく変わったのではないだろうか? 高齢化社会となり日本もこれからある種の成熟社会となっていく。 また、今の社会を生きづらいと感じている人も増えているのではないだろうか? そんな人たちがこうした映画祭に足を運んでいるのか? 実際会場には、ドキュメンタリー作品の制作者をはじめ審査員の方々、 プレス関連の方々、そして一般の方々がいるが、その年齢の幅が広く、 どの世代にも何人かこうした映画祭に興味がある方々がいるんだなと実感した。 金曜日、振替休日の日。朝4時半に起床し5時5分の始発で東京駅へ! 6時12分の「やまびこ」に乗り山形へ。超大型台風が三連休に関東から東北へやってくるということで、 土曜日に移動しなければいけない方々はキャンセルする人もいる。 私は早めに移動し山形で台風をやり過ごすという作戦。 前の晩に家で作ったおにぎりと鯖の照り焼きの缶詰を新幹線の中で朝ごはんとしていただく。 8時57分山形駅着、この日の宿の山形国際ホテル(1泊5900円)に荷物を預けて会場へ! ところどころに新しい店や高層マンションが出来ている。 戦後の空襲で焼けたあとに建てられた建物の建て替え時期が来て再開発などが進んでいる。 太平洋戦争で空襲を受けた地方都市はどこでもそんな感じ。 メイン会場になっている七日町のアズの6階で、これから4日間お世話になります。 ボランティアの方々が会場を設営し受付業務などを行われている。 ![]() ![]() 朝の10時~「ミッドナイト・トラベラー」アフガニスタンの監督。 アフガンのタリバーンに狙われた家族。 妻も映画関係者で、この夫婦には2人の子どもがいる。 夫婦と2人の姉妹。タジキスタンに亡命のような形で住んでいたのだが 自国へ帰ることを要請され、自国へ帰ってから難民となって EUの国へ行こうと決めた家族をスマートフォンで撮影したもの。 難民がどうやってユーラシア大陸を渡ってEU諸国に入るのか? ということがリアルに描かれる。 大きなカメラではなくてスマホでこうしたコンテンツが出来る。 いや、スマホでなければこんな撮影出来なかっただろう! そしてスマホでとにかく撮影をし続けた夫であり映画監督である ハサン・ファジリの熱量がそれを実現させた! 撮影する、という意識がいつもないとできない! すごい迫力のドキュメント。 ![]() 11時半過ぎに毎年行くラーメン屋さんで昼食。 まずは豚骨魚介ラーメン!山形は蕎麦も美味いがラーメンも美味い! 710円、半ライス付き。地元の会社員の方々が12時近くになると続々とやって来た。 丁寧に作っておられるのだろう!出て来るのに少し時間がかかる。 ![]() ![]() 12時半~「ユキコ」フランスに住んでいる韓国人の女性監督の作品。 彼女のおばあさんが日本人で朝鮮人の男が好きになり朝鮮半島にやって来たらしい。 戦前の日韓併合時のお話だろう。 その後、祖母はその地で監督の母親を生み育てる。 母は韓国の「江華島」に一人で住んでいる。 祖母は晩年、沖縄の老人ホームで過ごしたらしい。 監督はそれらの場所を訪ね、映像詩ともいえる、独白を重ねてこの作品を構成する。 テオ・アンゲロプロスも驚くような長回し! 長い、長いワンカットに彼女の独白が重ねられる。独特な世界観の作品だった。 風景だけで構成することの功罪を実感する。 15時10分~「光に生きるーロビー・ミュラー」(Living the light-Robby Muller) ロビー・ミュラーという撮影監督は有名で、私が映像業界に入ってすぐのことだったが、 カメラマンの小川隆之さんがロビー・ミュラーの撮影技法について語っておられたことが 今も鮮明に記憶に残っている。私の大好きなジム・ジャームッシュの「ダウン・バイ・ロー」の 移動撮影についてだった。本作でも電車での移動撮影をしたシーンや 樹木を撮影したシーンが登場し、まさにあの時の会話を思い出す。 本作は彼と10年以上一緒に仕事をしていた撮影監督が撮影・監督をされているので、 撮影に興味がある人はワクワクするのでは?監督が撮影した映像とともに ロビー・ミュラーが撮影した膨大なビデオカメラの映像とポラロイドやスチル写真などが 巧みに編集されている。 ロビー・ミュラーはまさに芸術家であり自らも芸術をこよなく愛する人なんだ!ということが良くわかる。 美しいクラシックの曲を流しながらプライベートな場所を撮影しているフーテージなどを見ると 人生は豊かだと実感する。 そして私の人生の師匠だったカメラマンの故:小川隆之さんと一緒に飲んだ新人の日々を思い出す。 小川さんは2014年72歳で亡くなられた。 18時~「自画像:47KMの窓」 中華人民共和国の湖北省の田舎にある監督の故郷。 彼女はここを舞台にして毎年のようにドキュメンタリー作品を制作しているらしい! その田舎で85歳になる貧乏な暮らしをしている共産党員のおじいさんと 15歳の絵を描くのが好きな少女が交互に描かれる。 おじいさんは自分の半生を語る、そして15歳の女の子は この村に住むおじいさんやおばあさんの家を訪ねて彼らの絵を描く。 村とここに住む人の愛にあふれた作品。 監督である彼女の存在がこの映像作品に強く反映されている。 実際に映像にも登場しており、それが彼女と村人たちとの関係を雄弁に語る。 実際の技術に未熟なところはあるが、それではない価値がこの映画にはある。 この日は監督と作品との関係がとてもプライベートであり、 この監督でしかできない作品ばかりだった。 夜になって20時半! 毎回、通っている家庭的な居酒屋・蕎麦屋「なかの」へ! 母娘が二人でやっている。金曜日の夜なので常連さんが座るカウンターは満席! いつもの、枝豆、しめさば、そして芋煮をいただき ビールと日本酒「初孫」の冷酒をいただく。 ここの芋煮のダシは他の店にはない味。 そしてこのダシはここで出される蕎麦のダシにも通じており、本当においしい! 来年この「なかの」も創業50年を迎えるらしい。 ![]() ▲
by haruharuyama
| 2019-10-12 08:32
| ドキュメンタリー
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MITAKA”Next”Selection 20thの最後の作品。20周年ラストの作品を飾った。 人は生涯に一度だけ、一度しかできない表現を作ることが出来る、と言われている。 絶妙な時期と本人の熱量などがないまぜとなって、奇跡のような傑作が誕生する。 本作は「ゆうめい」の作家、池田亮がそのように創作した作品なのではないか? 池田亮の家族の話が描かれる。 終演後の舞台挨拶後にこれは創作も含まれているとアナウンスがあるが 多くのことは池田家で実際に起こったことなのだろう。 関西人などは実際にあったことを、話を盛って、 むちゃむちゃ面白い話にしていくことは普通のことだったりする。 そこには創作があり、周りの人を無意識に楽しませてあげたい劇的にしたい という気持ちが働いているのではないか? 岩井秀人の過去の作品も自分の家族を扱ったものが多かった。 「手」や「ヒッキ―・カンクーントルネード」などの作品群。 岩井秀人は自らの家族を表現し続け「ハイバイ」をある種のブランドにしていった。 そして岩井が家族のことを描き切ったのではないか?という時期に 新たな創作を始めた。 ハイバイのことを考えながらも目の前で繰り広げられる 三世代にわたる家族の話にくぎ付けとなった。 そして本作のすごいのは池田亮の実際の父親が登場して演じていること。 劇中では63歳で定年退職した父となっている。 チラシにわかりやすく本作の内容が書かれていたので引用する 「出世したバリキャリの母。慕ってきた定年後の父。別れる。 女と男、妻と夫の今までとこれからのお話。 今のあたりまえ、から、次のあたりまえ。 実話を基に子が脚本を書いて演出し、実父も出演する三鷹でのお芝居。」 とある。日曜日のマチネに行ったのだが会場は満席! 布で覆われていた席も開放されていた。 池田亮はアニメ作品のシナリオなどを書く仕事を手掛けているらしい。 放送作家の集団に登録しているのか? アニメの番組の声優の収録風景なども描かれる。 まさに池田家の話なのでは?と思わせるエピソードが満載。 仕事がきつすぎて性格が変わっていく激しい気性となってしまった母の 幼少時代が描かれるのをみるにつけ、人は、外部環境で変わっていくんだな! ということが実感できる。 また、アニメとは別に、今流行の「Vチューバ―」のコンテンツ制作の 現場なども登場する。まさに私自身も現在リアルタイムで行っている Vチューバ―制作!やないか!と思って興味深かった。(私が手がけているのはコレです) https://www.youtube.com/channel/UCqOhbM9Kaw1FYTjna7nWaow いろんな驚きと発見がある家族を描いた舞台。 なので、すべての人が見てどこかしら共感するところがあるのでは? 「本当に言いたいことを本音で言い合える家族!」がここでは描かれる。 本音でぶつかり合う中で大きな葛藤が生まれてくる。 しかし、それを吐きだすことによって浄化できることもある。 池田亮はその思いをこの芸術作品に仮託することによりこの作品を完成させた。 そして観客たちはこの仮託された池田のココロの叫びを受け取り 自らをも浄化できるのではないか? ラストのダンスシーンが泣ける。 上演時間約2時間。10月14日まで。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ▲
by haruharuyama
| 2019-10-07 11:08
| 舞台
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名作の再再演は円熟の極みに達した。前回と、同じキャストで丁寧に、丁寧に演出が施され、 見ている方の気分がしゃんとしてくる。 大正天皇(西尾友樹)の生涯をモチーフに、脚本の古川健は創作を交えて 新たな物語を構築した。 ある時代に生きた男の物語。そして、彼を支えた皇后さまの妻の物語であり、 同じく、彼を支えた人たちの物語。 天皇にも家族があり親が居て子どもが居る。大正天皇は側室を持たなかったという。 仲の良い夫婦関係が描かれる。 お互いに敬しあい慈しみあいながら過ごすことの出来る関係。 戦後の日本の家族では考えられないような民主的でリベラルな姿。 大正天皇がお過ごしになった時代が早すぎたのかもしれない、 と劇中で昭和天皇のセリフが語られる。 いまでこそ、国民に愛され開かれた皇室ということが普通のことになっているが、 戦前はそれが難しかったのでしょう! 古川健の紡ぐセリフがきれいな言葉でとても美しい。 今の時代の人たちが忘れかけているようなみやびで優しい言葉が語られる。 特にそれを印象付けるのが劇中で物語の進行の語りも行う松本紀保(皇后さま)。 凛とした立ち姿から発せられる毅然とした喋り方から見えてくる ある種の風格とその奥に潜む人々への愛情。 人民に寄り添おうと努力し、決して自らは優秀ではないと自覚して 生涯に渡って懸命に努力し続けた大正天皇に寄り添い続けた皇后さま。 彼女は決して大正天皇に対する気持ちがぶれることはなかった。 大正天皇は1925年(大正15年)に47歳でお亡くなりになる。 30歳代で髄膜炎を発症され、その病と向き合いながら公務を行われた。 晩年はさすがの状況で昭和天皇が摂政として実務を引き継がれた。 生涯務めなければならなかった天皇制度が 「令和」の時代になって別の形式が取られるようになった。 陛下はある種の覚悟を持って陛下になることを求められ。 陛下はそこから逃げることはできない運命。 現人神(あらひとがみ)とも言われた陛下の人間らしさを想像して 描かれたこの作品が何度も上演されることの意味を考えた。 時代とともに私たちは生きて行かなければならない。 しかし時代を超えた普遍的なものがそれを越えて存在するのではないか? という古沢健の深い思考の過程を見るようだった。 舞台美術と照明そして音響とすべての技術が完成され日澤雄介の演出はシャープで切れがいい。 そして、これはある場所に生まれた父と子の物語でもある。 明治天皇を父に持ち、自らは父となり昭和天皇を子に持つ大正天皇。 父子の葛藤は昔からどの家族でも必ずあり、そしていつか父を超えていくなどが描かれる。 しかし、本作を見ると人には いろんな生き方や価値があり、そこに生を受けてその生を全うするだけでいいんだよ! 父子の葛藤なんてどうでもいいのかも知れないよ、と思わせてくれる。 私も父との葛藤が長く続いた記憶がある。 特に高校から大学にかけて価値観の相違で意見が対立した。 そして大学3年生の時に父が急逝した。享年59歳だった。 父とこの年になってからちゃんと向き合って話が出来たら あの葛藤は何だったんだろう!と言えたのかも知れない。 再来年で私も父が亡くなった年齢を迎える。 上演時間2時間20分強!10月14日まで。 「当日券あり」と書かれてありました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ▲
by haruharuyama
| 2019-10-05 08:05
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