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「ファッツァー」地点(@アンダースロー)作:ブレヒト、演出、三浦基、音楽、空間現代、出演:安部聡子、石田大、窪田史恵、小林洋平、秋元隆秀、岸本昌也、佐藤鈴奈 (チラシ等 CHITENのHPより引用) 銀閣寺通りの劇場「アンダースロー」に行くので阪急京都河原町駅で降りてバス停に向かった。その時大きなデモ行進が行われており良く聞いてみると「イランでの戦争反対」を訴えるためのデモ行進だった。イランの国旗を持つ人たちがたくさん。同時に、パレスチナへの攻撃に対しても訴えておられた。河原町通りは大渋滞。いつも思うのは京都の市バスの運転手さんのスキルがすごい!あのカオスな空間を良く運転できるな!と驚く。自動運転のバスが登場したら、たぶん、いたるところでバスが停止し大渋滞を起こすのではないか?と想像する。アンダースローで高校の同級生と落ち合う。同級生は久々の観劇らしい。彼女は音楽が好きでピアノを毎日弾いている。なので、コンサートには何度か行っているらしい。たまたま彼女が住んでいる場所の近くの劇場での公演ということで、実験的な演劇作品ですがと前置きをしたら、行ってみたいとのことで共同観劇が実現した。公演後、演出の三浦さんがおっしゃっていたのだが、本公演は急遽上演することになったらしい。その理由を話してくれた。ロシアの芸術監督の招待で「サンクトペテルブルグ」(旧スターリングラードと呼ばれた場所。)で本演目の上演が行われるらしい。実は以前も地点はこの公演をロシアで行っていて、その時もロシアはウクライナと紛争中だったらしい。ロシアの芸術監督は芸術家としての意思でこの公演をいま行おうとされているのではないか?そういう意味ではロシア国民も戦争に関して思うところがある人が日常的にいるのではないか?と想像する。 本作のブレヒトの原作を読んだことがないのだが、調べると1920年代の第一次大戦後に書かれたものらしい。その大戦から脱走した脱走兵のことが描かれている。舞台では反戦などのことは何も語られない。ただただ、その場の現実を描き出す。演劇作品しかも地点の作品なのでその現実はある種抽象化され記号的な描かれ方などが行われる。これを観終わったすべての観客は「ファッツァー」という音声だけは身体に沁みこんでいるのではないか? 塹壕の中と思われる空間で始まる。奥の壁にそって数名の俳優たちが立ったり座ったり。空間現代の3人(ドラム・ベース・ギター)が奏でるノイズミュージックというのか?現代音楽というのか?の劇伴が俳優の動きにシンクロして演奏される。激しい、ドラムのリズム、それに呼応するかのようにシンクロして奏でられるギターとベース、それらが三位一体となって発射される。まるで戦場の最前線にいるかのような気持ちになってくる。奥の壁から2メートル先には1メートルくらいの一段下がった場所になっていてまるで小川のようにも思えてくる。下がった場所は前面、艶のあるステンレスの板が貼られている。その手前に赤いレーザー光のボーダーが置かれていて、そのレーザーに触れるとけたたましいベルの音がして兵士たちは倒れていく。時々、それを乗り越える兵士たち、その場所はどこなのか?もはやわからない。これを観ると戦場の最前線のリアルがなぜか感じられて見ていて苦しくなるような気分となる。戦場に何時間もいたくないとこれを観て考えるのは私だけではないと思う。俳優たちのセリフは銃弾の膨大な射撃音などを想起させられる空間現代の音楽によってかき消され、と同時に彼らの命をもかき消される。それが延々と続くのだ。大量の兵士が何かを叫びたくてもそれが途中でかき消される。これって、まさに今の時代の状況ではないか?ある兵士が落ちていた新聞記事を読むシーンがあるのだが、その記事が現在のイラン戦争のこと。ここで私は、河原町で見聞きしたデモが自分の中で完全につながった。京都のいろんなところでそう感じ考える人たちがいることがわかる。発話は文節を超えて、あるいは文節をさらに切れ切れにして発話される。安部聡子のその発声がものすごいインパクトだった。また自らの身体を重力に逆らって酷使する俳優、佐藤鈴奈の身体を見るに、戦場の普通ではない狂気の状態が身体を通じて伝わってくるのだった。そして繰り返される「ファッツァー」という言葉。言葉はもはや意味を持たずに、その繰り返しや発話の仕方で感じさせるという演出は言語ではない方法ですべての人につたわっていくのではないか?(以下、ネタバレになるかもなので観劇される方はご注意ください) そして、次々と倒れていく兵士たちが最後に、重なり合って倒れた状態で、腕を上に上げてピースマークを出すシーンに心が震えた。決して、戦争は正義などではない。上演時間80分強。5月6日まで。詳細は以下https://chiten.org/events-projects/fatzer2026/ ここに書かれている青山真治さんの文章が、実はすべてを物語っているのかもしれません。 ![]()
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by haruharuyama
| 2026-05-03 12:13
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「チェーホフin やしゃご短編集」やしゃご実験室vol.2(@アトリエ春風舎)翻案・演出:伊藤毅 出演:竹原千恵、石橋亜希子、村岡佳奈、大平峻世、ヒガアキコ、山本ともだち、小川ともみ、市毛達也 東京に行く機会で夕食をご一緒にということがあり夕方まで時間が自由になる。そんな時にマチネの演劇公演を探し見るのが楽しみ。そして、東京のすごいところは平日でもお昼の公演がいくつも行われていること。関西地区では多くの場合、土日だけかあっても、それに加えて金曜日の夜くらいの公演が大半。需要とのバランスの現実なのだろう。 探しているとあのアトリエ春風舎で「やしゃご」の公演があるのを発見!しかも、なぜか、無料公演とある。早速予約させていただいた。「やしゃご」の主宰の伊藤毅さんは自らの公演に俳優としても出演されていることもあり、私も何度も見ている。本公演はやしゃご短編集と銘打った公演で実験的なこと?自由に自分のやりたいこと?の公演を行おうとされたのだろうか?アントン・チェーホフの短編集から大きく翻案を行い、俳優たちとともに創作する。各話20分程度のもので、毎回演目がアトランダムに変わるという趣向。俳優もいきなり今日やりますよ!に準備をしなければならない。開場前にロビーで待っていると中から俳優たちとスタッフの方々が談笑されているのを聴いてその雰囲気が楽しそうでとてもいいなと思った。映画やドラマの現場でも時々、そうした光景を見かけるが、やはり現場はきつい厳しいものだけにその場の空気を楽しくしようという意思が働くのではないか?ただし、厳しいのはしんどいという意味ではない、芸術や創作の高みに行くために懸命に試行錯誤するので厳しいのだ!それを乗り越えることでたぶん大きなやりがいや本当の意味での楽しさが感じられるのではないか?楽して楽しいという楽しさは本当の楽しさになりうるのだろうか?創造者たちはそれをたぶん知っているのだろう。そして日々、試行錯誤を繰り返す。それこそが生きて行くということなのかも知れない。芸術作品を創るということはそういうことを意味するのではないか?「生きる=創作する=厳しい=楽しい」という方程式があるのではないだろうか?そんなことを感じさせてくれた舞台だった。この日、28日の14時からの公演は以下の4本が上演された。内容詳細はチラシをご覧ください(やしゃごのXからの引用です) 1「とみくじ」ヒガアキコ、小川ともみ、市毛達也 2「牡蠣sideA」村岡佳奈 3「ニーナとトリゴーリンのようなカフェの二人B」小川ともみ、市毛達也 4「カシタンガ」石橋亜希子 この日は「とみくじ」と「カシタンガ」は上演が決まっていたのだが、その他の2本は当日のくじびきで決まっていく。4作品が出たところで、伊藤さんがその場で順番を決める、小道具や着替えなどの段取りなどを考えてこの順番になったのだと思われる。劇場の真ん中にテーブルと椅子が置かれている。そして箱馬が2個。(箱馬とは添付の写真のようなもの)引用元の記事を読めば自作できるかもです。詳細はhttps://soudankaguya.com/wwc/blog/6742/ さらにはもっと小さな箱馬が舞台上手観客席寄りに置かれ小さな円筒形をしたスピーカーが設置されそこから音楽が流れている。小さいのに私的には十分音が良く、これで、ええやん!という感じ。音響などを一切使わない公演もたくさんあるが、やはり音楽の持つ感情へ訴えかけるチカラは大きい。今回は音楽が流れることで幕間を補完しながら次の短編舞台への準備が行われた。 本作はチェーホフが描こうとしたキャラクターの人間性や想像力などを伊藤さんならではの翻案で抽象化して整理され、出演者の俳優のキャラクターに合わせて描いている。些細な言葉が突然空気を変える。 「ニーナとトリゴーリンのようなカフェの二人B」などはまさにそれで、抑制された男女の会話のある一言が劇的に見えてくる。チェーホフのそもそも持っている創作とはそういうものだったのかも知れない。しかし、ロシア革命の前後の貴族や農奴たちの話になるとどこか知らない世界の場所のお話のように思えてくるのだが、本公演ではその本質を抽出して自分事化になっていく。 一方で「カシタンガ」などは、縦横無尽の想像力から生まれた物語を一人の俳優である石橋亜希子が汗だくで表現していく。そして、一期一会なのかも知れないが、それがゾーンに達すると流れるようにそのシーンが想像でき観客の集中力が極端に高まっていく。そんな体験ができました。 春風舎のような大きさの劇場で俳優の演技を見るとそのディテイルや息遣いなども含めて何か大きなことを感じることがあるのはなんでだろう?答えはわかりませんが。 ![]() ![]()
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by haruharuyama
| 2026-04-29 09:01
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「ベガスペガサス」やみ・あがりシアター 第23回公演(@北とぴあホール)脚本・演出:笠浦静花 出演:東直輝、安藤優(呪貴族)、五十里直子、カトウクリス、加藤睦望(やみ・あがりシアター)河村凌(猿博打)、北原州真、久遠明日美、久保瑠衣香、小嶋直子、さんなぎ、田久保柚香、中川大喜(劇団イン・ノート)、二宮正晃(本若)林瑠之介、薮田凜
東京にくる用事があり、その前後に何か演劇公演がないか?調べてチケットを予約するのだが今回は北とぴあペガサスホールでやみ・あがりシアターの公演があることを知り早速予約。月曜日の14時の公演なのにほぼ満席!以前、三鷹市芸術文化センター星のホールで、やみ・あがりシアターの公演を見たことがあり、その時のあまりの斬新な舞台演出と会話の言葉の今っぽさに感動した記憶がある。その時の詳細は以下 https://haruharuy.exblog.jp/32799685/ いままで、みたことのないもの!を目指して創造するのが芸術家の本質みたいなものがあり、本作も作・演出の笠浦静花の怨念がその方向へ舞台を向かわしているのではないか?そんなことを考えた公演だった。 昨年の大阪関西万博が行われた大阪市「夢洲」に万博開催中から隣接の敷地ではIRリゾートの建築が行われていた。2030年の開業を目指して準備が進んでいる。MGMリゾートというラスベガスでも有名な巨大ホテル&カジノを経営する会社が運営するらしい。そして大阪市はそれに向けてカジノに関する規則を整備した。ギャンブル依存症の人がここに集まるのではないか?そもそもなぜギャンブル依存になるのか?新たな「ギャンブル」施設が出来ることで、改めてそのようなことを考えさせてくれる。日本には、いうてもギャンブル的な射幸心をあおるサービスがいくつもある。そして、そうしたサービスをやっている団体はおうおうにして多大な費用をかけてTVCMなどを制作し放送を行っている。競馬や競艇、競輪や宝くじ、LOTO、パチンコなど。基本、どれも胴元が儲かる仕組みになっているJRAなどは基本25%は戻って来ない。なので仕組みをしっていると長期に運用をしていたら1000万は確実に750万にしかならない、ということになる。しかし、人間の認知システムはその合理性を超えたところになにか感情を動かすような情動を感じ、そこにのめり込む。作者の笠浦さんは、その引いた視点とギャンブルに熱中する視点を交互に描きつつ、いろんな立場でこの北区の「北とぴあ」に新たに出来たIR施設(というかカジノ?)に集まってくる人たちのことを描き出す。まるで短いカットが積み重ねられた映画やドラマのような感じ。なので場面転換がものすごく行われているのだが、観客はそれらのシーンを自分の中で組み立てていき大きな物語の流れを自らの想像で構築し楽しむというスタイルになっている。観客の想像力を存分に信じているからこそできる創作スタイルを行う勇気をレスペクトする。そこには夢洲から異動してきたカジノの運営者の視点があり、昔からの友人たちの話があり、カジノで働く人たちの物語がある。そして勝った人負けた人の話も。ここでは基本ルーレットの話で進められる。巨大なルーレットが舞台真ん中に設置され観客はコの字型になってその舞台を取り囲んでみる。演出や言葉のリズムのテンポがいい!いまも「ベーガス、ベガス」と繰り返された言葉が頭から離れない。そして、本公演で私がもっとも印象に残ったセリフが「お金」がある人は「ノー」と言えるというもの。確かに、生きて行くためにノーと言えずに何かをしなければいけないことはたくさんある。しかし、生きて行くための余裕があれば「ノー」と言える。逆に考えると「好きなことだけして生きる」ということなのか?良く、私が話すのは「好きなことがわからない、見つからないという人が多くいます。でも、これだけはやりたくないというのはないでしょうか?それをしなければ、何かをしていると結果そのことが好きになっていきます。どんどんと好きに」ということ。縁あって映像制作会社で40年近く働くことになったのだが映像制作が好きというわけで入ったわけではなかった。ただ映画を見るのが好きな人ではあったのだが、それが仕事を通じて様々な奥深いことを教えていただき、その終わりのない深遠な世界に踏み入れると、その沼にどんどんどんどんとはまっていったというのが結果論でしかないが、私の現実だった。いまでは、演劇を見ることがもっとも好きだと言えるかもしれない。笠浦さんは高校時代から演劇が好きでそれを貫き通しておられる。創作者の立場で向き合い続けておられるという姿勢にまたまたレスペクトした。コリッチで笠浦さんへインタビューした動画が配信されており、本公演を観た直後に一気見した。https://www.youtube.com/watch?v=l-r3wRkfbwo 本作品はそうした行動をも喚起させる異色新奇エンゲキでした!(PS:客入れをされている方の案内の仕方や話し方がものすごくちゃんとしているなああ!と思って見ていた、そして上演前の案内で何故か真面目にギャグをかましてくるのを見て、この人はどこかの劇団の俳優に違いない、もしかして川上友里さんみたいな方か?などと思っていたら、最後に脚本・演出:笠浦静花だった、ということがわかって二度ひっくり返った!笑)このエピソードは、本公演の物語の骨子のネタバレにはならないと思い、私のもっとも驚いた記憶としてここに記載する。 ![]()
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by haruharuyama
| 2026-04-28 10:54
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ハンケイ500m×THEATRE E9 KYOTO 「劇場で味わう2日間だけの音楽祭‐ハンケイE9」(@THEATREE9 KYOTO) 演劇「メロンの気持ち」原案:円城新子 脚本:高矢航志、演出:円城新子、久野泰輝、出演:沢大洋、福山俊朗(はひふのか)、久野泰輝、日詰千栄(はひふのか)、原田博行(はひふのか)音楽:原田博行、福島明彦 音楽ライブ:ストロベリーフラワー(渡辺智江(V&G)、松本巌(G)) 原田博行
今年の4月からの新年度に2026年度E9サポーターズクラブの会員となった。https://askyoto.or.jp/e9/support 今年度から、土曜日のお仕事がお休みになったことでこの劇場での上演が見られるようになり、しかも年間3万円でE9を初めとして、江原河畔劇場やアトリエ春風舎の芝居までも見ることが出来るという特典がある。以前、東京で「こまばアゴラ支援会員制度」というのがあり何年か(たぶんコロナ禍の前まで?)支援会員だったので、今回の参加にも躊躇がなかった。前日に見た尼崎ピッコロ劇団のサポーター会員とダブルで入り出来るだけ今年は関西での公演を見ようと考えている。まずは見てみて、そこから私が好きな劇団や作家、俳優などが見つかるといいなと思っている。劇作家・演出家のあごうさとしさんがお金をかき集め、京都駅から10数分の場所にこの劇場を創って開館された。2019年のことだったらしい。その後、2020年にコロナ禍となりさぞや大変だったろうと思いながら、江原河畔劇場も2020年4月に出来たことと重なって思い出された。4月4日に「桑折現“1人の俳優と5人の演出家による大振り返り会”」というのにも行ったのだが、桑折(こおり)さんの一人芝居を5人の演出家が1年かけて公演を行い、しかも京都、松本、東京、富山(富山は現在桑折さんが移住された場所)の4か所公演を行ったことを振り返ってのトークショーだった。上演作を1本も見ないで参加したのは私だけみたいだが、そこから想像される俳優、桑折さんの様子とプロデューサー的な視点、そして5人の演出家たちが桑折さんとどう向き合って来たのかが忌憚のない言葉で語られた。演劇を創作するとは、特に一人芝居で演出家と俳優が向き合うとは?ということがリアルな言葉で語られとても印象的だった。松本や富山からこれだけを観に来られた方もいて、京都にあることの魅力なのかな?と思ったりもした。本音で対話しあうということが演劇では強く求められるのだろう!そうしてうまく行くときもそうでないときもあるのだが、そうした創作をし続けるというのが演出家であり俳優なのではないか?ものすごくクリエイティブな作業ではないか?みたいなことを感じるのだった。 そして、本公演(音楽ライブと演劇)をE9サポーターズとしての2回目の体験だった。メロン農家が舞台となった30分強の演劇作品、ミュージシャンの原田博行さんも登場している。ライブのMCで聴いたのだが、演劇作品にも何度も出演されているらしい。2014年に「はひふのか」という演劇ユニットをも立ち上げられた方。京都をベースに同志社大学の教員やラジオ出演などもされながら音楽活動、演劇活動などもされているマルチポートフォリオワーカーでもある。公演でのメロン農家が作っているメロンの名前がフォークロックメロンというもので、往年の京都の60-70年代のミュージシャンたちの名前が登場する。加藤和彦、加川良、安井かずみ、松山猛、高田渡などなど。本作の企画をされた「ハンケイ500m」の編集長である円城新子さんの発案だと聞いた。 ライブの最初は25年前に任天堂の「ピクミン」のTVCMの曲として作られた「あいのうた」のその時限りの音楽ユニット「ストロベリーフラワーズ」の二人。関西出身で東京に長く住まれている松本さんと京都で介護の仕事をされながら音楽活動をされている渡辺さん。悲しい曲が切なくて、あの曲がミリオンセラーとなったのを今回ライブで聴いて良くわかった。そして初めてのライブでもあるらしい!当時の曲を帰宅したから聴いてみたら、MCで渡辺さんが語っていた当時より歌い方などが進化しています!というのが良くわかった。https://open.spotify.com/intl-ja/track/2Ql3hSk2ukeb6CuHuxa0Yu?flow_ctx=8ad8edfc-d78b-4b97-b2d8-8f781eebe280%3A1776153321 休憩挟んで二部は、原田博行さんのライブ、アレンジや作曲、演奏などをされている福島明彦さんが参加された。原田さんの声量と伸びやかな歌い方がとても聴いていて気持ちがいい!この同じ空気を伝わってくる音を体験することは生成AIには絶対にできないし。そうした時代だからこそ大切なのはこうした身体に沁みこむ体験なんだろうと思うのだった。そして関西に住んで、いや京都に住んでの方がいいのやろか?いくつかの仕事をしながら自分の好きなことをされている方がいる場所!というのが実は豊かで幸せなこととちゃうんやろか?みたいなことを考えさせてくれた。こうしたE9という体験が出来る場所があり、そこで得られるものは何物にも代えがたいものになっていくのではないか?みたいなことを思うのだった。そして、その運営を、人生をかけておやりになっている、あごうさとしという方がいることの意味を考えるのでした。これから1年、何回E9に通うことが出来るだろうか?健康に気を付けて機嫌よく生きたいと思いつつ。 ![]() ![]() ![]() #
by haruharuyama
| 2026-04-14 11:11
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「おかしな2人~女性版~」ピッコロ劇団(@ピッコロシアター中ホール)作:ニール・サイモン、訳:酒井洋子、企画・演出:木下鮎美(ピッコロ劇団)出演者=木之下由香、木村美憂、中田綾乃、大澤寧音、鈴木あぐり、宮﨑佳恋、岡島大祐、鈴木大輝
ニール・サイモンのこの作品は映画版を見たことがある。しかし、ずいぶん昔だったのであまり記憶がなかった。本作はその原作の男女の役割を逆転させた「女性版」というもの。調べてみると「女性版」も過去に何度か日本でも上演されていることがわかった。友人の二人がたまたま同居することになって…。というもの。いちばん印象に残ったのは、同じアパートメントに住む、スペイン人兄弟が2人の女性が同居する部屋に食事会に来る場面。木之下由香が料理を作り、樹村美憂がもてなす。岡島大祐演じるマノロとその弟、鈴木大輝演じるヘイスースのスペイン語がちゃんぽんされた変な言葉のやり取りがかなり笑える。以前、ジム・ジャームッシュの映画「ダウンバイロー」を見た時の面白さがよみがえる。映画ではイタリア人の移民が登場していたのだが、同じ、ラテンの女性を大切にする国民性と陽気で優しく、カソリック的な厳格さとそれ以外が同居しているという、いかにも人間らしい矛盾した存在が、マンハッタンに暮らす女性2人との対比がなされていてかなり笑った。このシーンを見るだけでもこの公演を見に来てよかったと思った。そして、こうして劇場で演劇を見られることの幸福を感じ泣けてくる。幕間の暗転時の音楽の使い方も印象的だった。特にシンディ・ローパーの「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」が流れて来て、女性が女性らしく独立して生きて行くみたいな、本作の「女性版」ならではの演出家の意図が伝わってくるようだった。https://www.youtube.com/watch?v=a6fL49MmsCY 上演時間休憩入れて2時間半くらい。 以下、この公演のレビューとは違うお話です。 ![]() 今回初めてピッコロシアターに行った。なぜ行こうと思ったのか?は、ピッコロ劇団の公演を昨年見て、とても面白く誠実で素敵な劇団だな!と何本かの作品を見て思ったからというのが理由の最初。そして、今回ピッコロ劇団の「ピッコロサポートクラブ会員」に入会させていただいた。3公演6枚のチケットが無料になる。そして、それ以外の公演も1割引きになるというもの。本公演もその得点でチケット代2500円だったものが2250円で見ることが出来た。コロナ後になってライブパフォーマンスのチケット代がどんどんと値上げされている。小劇場の公演でも1万円を超えるものが増えていき、5000円以下の公演が本当に少なくなった。それでも演劇公演は元が取れないという現実がある。多くの人がかかわり毎回1回限りの生の舞台がそこで行われるという仕組み自体がコストがかかる必然となる。そういう意味ではこのピッコロシアターの取り組みは関西在住で芝居が好きな私のようなものにとってはとてもありがたい。交通費も会社員ではないので毎回必要になる。交通費をかけて劇場へ行き、生の舞台を見る、俳優の身体と息遣いを感じ、同じ空気が震えて伝わってくる俳優たちのセリフ!その生の体験ということが生成AIの時代にますます重要なものになってきているのではないだろうか?AIを活用して時間を創り、こうした体験をする、という豊かな人生のスパイラルにはまって行きたいと真剣に思う。ピッコロ劇団は兵庫県が運営している劇団だと聞いた、公共のためにこうした運営がされていることがすごいことだし、さらにはそこに劇団を抱えて俳優や演出家たちを育てようと考えた方に頭が下がる。その結果がこうしたカタチでちゃんと表れているのが素晴らしい。しかも芸術監督が岩松了!公共が運営して劇団まで持っている劇場はどれくらいあるのだろう?思いつくだけ挙げてみると新国立劇場とりゅーとぴあ新潟、松本も?そして公共劇場としては、それ以外に北九州(小倉)、豊岡の芸術文化観光専門職大学も似たような形態(毎年、豊岡演劇祭が行われている)、京都のロームシアター、豊橋と津の劇場、静岡県舞台芸術センター、そして、東京芸術劇場、世田谷パブリックシアター、三鷹市芸術文化ホール、せんがわ劇場、神奈川のKAATやさいたまの与野本町の劇場や水戸芸術館?とかだろうか?公共の劇場が独自に劇団を組織して運営し、地域の方々に見ていただくということがもっと拡がればいいのにと思う。心の病気が、あと何年かすると病気の最大のものになると言われている。その心に必要なものがまさにこうした芸術ではないだろうか?と真剣に考えています。 今回、劇場がある尼崎市の「塚口駅」に久しぶりに伺った。以前、妻方のおばあちゃんが塚口に住んでおられ1回だけ行ったことがある。阪急塚口の北側。今回は南側におりて「塚口さんさんタウン」を観ながら、劇場へ、徒歩10分少々か?とても大きな劇場で驚いた。そして中ホールは100人くらいのキャパにされていてとても親密な空間が心地よかった。帰りに、さんさんタウンの中にあるラーメン屋さんだ「胡麻味噌ラーメン」(950円)を食べて帰った。おいしゅうございました。 ![]()
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by haruharuyama
| 2026-04-13 11:36
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